こだわり1万円宿 第9回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

青森県

青荷温泉(あおにおんせん)

青荷渓谷のほとりに立つ幻想的なランプの宿

ひと休みしながら
4つの湯を堪能
青荷温泉の送迎マイクロバスは、曲がりくねった山道を雪煙をあげて走っていく。最後、急坂を谷間へ下るとランプの里だった。

お客全員がロビーに入り、案内がはじまる。温泉は4ヵ所あり24時間入浴できる。露天風呂は混浴だが、レディースタイムがある。15時からランプに灯が点る、など。

客室のランプは炎が一晩もつように調整してあるので触れないようにとか、ストーブの扱いや食事時間に関する注意もあった。

案内されたのは、1階に滝見の湯がある建物の2階。扉をあけると2畳ほどの板の間で、突き当りはウォシュレットのトイレが。広々とした窓から谷間に建物が点在する青荷温泉が一望される。目の前は混浴の露天風呂で、雪の中にシンと沈み込み、温かみあるほのぼのした空気を醸していた。

10畳半の客室は、ストーブに火が入りポカポカと温か。ランプも点っていた。部屋の窓ガラスは二重で、外の冷気を遮断してくれる。押入れに入った寝具は、眠たくなったら自分で敷けばいい。

暗くならないうちに、行動開始だ。一番広々としたのが、本館前にそびえる健六の湯。浴槽も壁も床も、すべて青森のヒバだという。杢目がキリッと浮き出していて美しく、湯も冴え冴えと澄んでいた。木と湯のぬくもりに魅せられ、30分ほど浸かってしまう。

部屋でひと休みしてから、大きな露天風呂へ。湯温はぬるめで、一度浸かると出にくいほど。脇にある桶の風呂には、熱いお湯がどんどん注いで気持ちいい。桶の縁に頭をのせて体を浮かせると、薄雲がかかる空が広がった。露天風呂では、湯口の下まで行って背中や首筋で湯を受けることにした。これもなかなか気持ちいい。

ランプの灯が明るさを増してきた部屋でしばらく寛ぎ、滝見の湯へ。薄暮の中でも、白い水脈が幾条も見える。一人旅の温泉好きオジサンと話し込んでしまった。

ランプの灯を頼りに
土地の味覚を味わう
18時少し過ぎに夕食会場へ行くと、大半の人が食べはじめていた。50人ばかり入る大部屋に、ランプが20灯ばかり吊り下げられ、いい雰囲気だ。ご飯と郷土料理のけの汁、イワナの炭火焼きは、会場中央にまとめて用意され、各自取ってくる仕組み。もちろん相席で、カップルは向かい合わせで座るように設定されていた。

並んでいたのは、鴨鍋やイカメンチ、キノコや山菜など、土地の匂いが香り立つものばかり。暗いので珍しくフラッシュ撮影する。「これじゃまるで闇鍋だ」

と隣の夫婦。もちろん困惑しているのではなく、ワクワクして楽しそう。ランプの淡い光はそんな演出もしてくれるのだ。

食後、部屋でランプの灯を味わい、淡い光の中にぼんやり浮かぶ雪の建物と温泉を巡るうちに、青荷温泉という幻影の中をさ迷っているように思えてきた。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2017年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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