こだわり1万円宿 第28回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

香川県

ネコノシマホステル

ゲストハウスへと再生した“猫の島”の小学校

懐かしさあふれる
木造校舎のゲストハウス
香川県の多度津(たどつ)港から船で1時間余り。“猫島”として全国的に有名な佐柳(さなぎ)島の長崎に到着した。昨年8月オープンの廃校を利用した宿へ向かう。島には本浦という集落もあり、宿はその中間に位置する。

15分ほど歩くと、木造の懐かしい校舎が時の流れから取り残された表情で立っていた。前にチョークで黒板に「ネコノシマホステル+喫茶ネコノシマ」ときれいに手描きされた看板がある。

玄関の中には、木造の温かな空間が広がっていた。奥の棚には、天秤、試験管、裁縫セット、音叉(おんさ)、黒板消しなどが飾られ、幼い頃の学校へ帰ってきたよう。

赤電話の脇には「レンタネコサイクル」と記された札があった。宿のレンタサイクルは無料だが、ネコたちのエサ代などをカンパして欲しいというもの。赤電話はその募金箱で、雰囲気に誘われてチャリンと小銭を投入してしまう。

玄関奥の広い空間が喫茶ネコノシマで、元職員室。ウッディで昭和の香りが漂う店内には、年代物のソファーや万力を備えた工作台が、ゆったりと配置されていた。メニューは、出席簿風。

海側に飛び出した狭い部屋は元保健室で、人体模型や体重計、視力検査表があり、カウンター席から、海と島々が一望された。

地元の島民も集う
元職員室の喫茶室
レジで室料を支払うと、元資料室に案内された。宿を経営する村上淳一・直子さん夫妻は共に地域おこし協力隊で、現在は宿と喫茶店を兼業している。部屋に入ると、窓の向こうから海と島影が飛び込んできた。

床も天井も壁の腰板も、使い込まれた風情の白木。幾度も水拭きし、ワックスをかけたという。

佐柳島小学校は休校になって以来二十数年使われずにいたので、昔の面影がよく残されていた。

室内にあるのはベッドとランタンがのった子ども用の椅子と窓辺のベンチ、資料棚だけ。棚には、土偶や埴輪、鉱物標本や地球儀などが並び、異界に引き込まれそうで楽しい。照明は、裸電球だ。

宿の猫と戯れてから、シャワーを浴びた。シャワーとトイレは別棟で、トイレは洗浄機付き便座。

19時に喫茶ネコノシマへ行くと、夕食(1000円、要予約)が並んだ。メバルの煮つけ、炒め物、ナスなどの素揚げ、ほか2品に味噌汁とデザートと充実した内容だった。

喫茶ネコノシマは観光客も多いが、平日は島の人たちもくる。島唯一の宿は、島出身者やその家族にも利用されているという。

夕食後、部屋の明かりを消し海の夜景を楽しんだ。水平線に点る明かりは、福山、水島、坂さか出いでのコンビナート。黒い島影には、集落の明かり。目を凝らすとライトアップされた瀬戸大橋も見え、夜空には無数の星が瞬いていた。

翌朝8時半に喫茶ネコノシマへ行き、保健室で海を眺めていると、モーニングがきた。穏やかに凪いだ海を眺めながら、のんびり朝食をとる。幸せな一時だった。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書は『日本《島旅》紀行』『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『絶対に行きたい!日本の島』、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2018年6月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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