こだわり1万円宿 第33回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

東京都

民宿 菊乃屋

東京から約4時間、神津島に再生した民宿

島内最高峰・天上山麓を
眺める素朴な島宿
東京竹芝桟橋を出航して約3時間半、東海汽船のジェット船は無事に神津島前浜港に到着した。宿が迎えにきてくれるので問題はないが、風向きによって集落と反対側の三浦に入港することもあるので、近い方がありがたい。

菊乃屋のクルマに乗り、島で唯一の集落を抜けて、ぐんぐんと登っていく。集落でも一番天上山に近い所で、クルマが止まった。こぎれいな2階建ての宿で、上階にはバルコニーもある。

玄関前の看板が面白い。サーフィンがさかんな神津島らしく、縦に立てたサーフボードに菊乃屋の文字が書かれていた。道に面した表の看板も、サーフボード。遊び心を感じてしまう。

中に入ると右手に賑やかなティールームがあった。客室は2階だという。階段の脇に一直線に伸びた照明が、足元を照らす。細かなところにこだわりを感じる。

通された8号室という札の下には、貝殻や松ぼっくりをあしらった小さな丸太の輪切りに、定員3名と書かれている。バルコニーが付いた8畳の和室だった。“しま山100選”や“花の百名山”などに選ばれている天上山へ登る前に、改めてティールームをチェックすると、いろいろな備品や情報が詰まっていた。

緑茶、紅茶、コーヒー、水などの無料ドリンク、セルフサービスのカップ麺は料金箱へ支払う。カレーやパックご飯、ポタージュなどは、宿の人へ直に払って欲しいと記されていた。小腹がすいた時など、便利なシステムだ。

壁には、神津島初のオリジナルクラフトビールが飲めるビアパブの案内もある。明日葉(あしたば)ビールなどがあるらしい。隣接するロビー風の小空間も、なんだかまったりとして居座ってしまいそう。その向こうが、食堂だった。

フロント前には、無料で参加できるツアーの案内も出ていた。午前は塩原温泉文学散歩で、午後は日本禅宗四大道場の雲巌寺を訪ねる3時間のバスツアー。また、午前中は湯けむり会館で大衆演劇ショーも無料で観劇でき、至れり尽くせりだ。宿の提案に乗っていれば、何も考えずに無料で楽しく時間をつぶすことができる。

子と孫がDIYで改装
工夫あふれる空間に
日本中どこを歩いていても、空き家が目に付くようになった。昭和末期に多くの民宿で賑わった伊豆諸島神津島も、例外ではない。菊乃屋も1967年創業の民宿だが、島ブームが去ったあとしばらく営業をやめていたという。

それを復活させたのが、2代目に当たる女将の鈴木園子さんと園子さんの息子で観光士の資格を持つ工藤知幸さんだった。

工藤さんは数年前からコツコツとリフォームをはじめ、室内の壁や柱に調湿効果のある珪藻土やノーシックハウスなどを塗り、錆びたコンセントを交換し、トイレの照明のカバーを手作りした。

トイレの新設など一部はプロの手も借りたが、防虫・防ダニ・防カビシートの敷設から外壁の塗装まで、ほとんどDIYを貫いたという。タイが好きなので、タイ風の客室も1室設けた。

そして、2018年3月16日、すっかり生まれ変わった新生菊乃屋が営業を再開した。消えていく民宿も多い中にあって、復活する民宿があるだけで、ささやかな希望を感じてしまう。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書に『日本の島産業・戦争遺産』、『日本《島旅》紀行』、『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2018年12月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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