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こだわり1万円宿 第36回

旅ライターの斎藤潤さんおすすめの、一度は泊まってみたい宿を
「予算1万円」に厳選して毎月1宿ご紹介します。

愛知県

玉田屋旅館

旅籠の雰囲気を今に伝える明治創業の伝統の宿

重伝建地区の街並みを歩き
宿場町の歴史を体感
東岡崎から乗った足助《あすけ》行きのバスは、しばらく走ると周囲が田園風景になり、やがて山間へと入った。紅葉の名所として知られた香嵐渓《こうらんけい》から1分足らずの香嵐渓一の谷口で下車。足助と香嵐渓は、一つの観光地といってもいいほど近かった。

バス停から一筋足助川沿いの道に入ると、重要伝統的建造物群保存地区の街並みになった。角にある昔ながらのたたずまいをとどめた古い町屋は、手打ちそばをはじめとした地元の食材を楽しめる「塩の道づれ家」という店だった。

足助は、尾張・三河と信州を結ぶ中馬《ちゅうま》(伊那)街道の要衝で、各地からもたらされた重要な交易品であった塩はここでブレンドし均質化され、足助直し(足助塩)として信州の塩尻まで運ばれた。

塩の道づれ家のすぐ先が、旅籠らしい趣をたたえた玉田屋旅館だった。窓や玄関の引き戸に硝子が入っていなかったら、まるで時代劇に出てくる旅籠そのもの。軒先には宿名の提灯がぶらさがり、木製の巨大な燈籠もあった。宿の前に立つだけで、遠い昔に引き込まれそうな錯覚にとらわれる。

荷物を置いて、重伝建地区と香嵐渓を散策する。昼食は、塩の道づれ家でとった。馴染みのないみぞれそば(くずし豆腐あんかけそば)を注文したところ、そばも豆腐も上々の味で満足。

純和風の空間に憩い
山川の恵みを堪能
宿に戻ると灯りがともり、いい雰囲気だ。玄関に敷き詰められた黒と白の敷石が珍しいと思ったら、先々代が器用な人で自分で作ったのだとか。軒先の燈籠も先々代が山で桑の奇木を集めてきて作ったのだという。糸繰車や、氷を入れて使った木製の冷蔵庫、番傘、法被《はっぴ》などが懐かしい。

江戸末期の建物で、築200年ほど。宿をはじめたのは明治の初期だという。食堂に飾られた明治廿三年略暦カレンダーには、西暦千八百九十年と清国光緒十六年庚寅が併記されていた。

通された2階の部屋は本床の間がある8畳で、隣の8畳には布団が敷かれていた。外側にはしっかりした広縁があり、木目の浮いた鏡台や艶やかな竹編みのごみ箱がいい味を出している。

トイレや風呂、洗面所などは1階で、水回りは今風に整備されていた。浴室には、温かみを感じさせてくれる木の浴槽がある。

料理旅館玉田屋の夕食は、地元の食材がたっぷりだった。まず目を引いたのは、ヘボ(蜂の子)の自家製佃煮。見た目はともかく、味は濃厚で肴にもってこい。周辺で獲れたイノシシのすき焼き風煮物、焼き立てのアユの塩ふり焼き、キクイモ八丁味噌漬け、菊の花を散らしたモズク酢。揚げたて天ぷらは、ふっくらした鶏のささ身、オクラ、ジャガイモ、ナス、生シイタケに、抹茶塩。最後は、ヒジキご飯とたっぷりの千切り大根がのった汁そば。お客が多い時は、息子さんがそばを打つそうだが、今回は乾麺とか。

今度は、手打ちそばを狙ってこなくては。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書に『日本の島 産業・戦争遺産』、『日本《島旅》紀行』、『島ー瀬戸内海をあるく』(第1〜第3集)、『ニッポン島遺産』、『瀬戸内海島旅入門』などがある。

(ノジュール2019年3月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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