いつか泊まってみたい懐かし宿 第88回

東京都大島町

古民家ゲストハウス
いなかや

伊豆大島にお目見えした築100年の古民家の宿

一歩踏み込むとそこは

伊豆大島を久しぶり歩くことになって宿を探し、引っかかってきたのが、昨年春先にオープンしたばかりの古民家ゲストハウスいなかや。

近年、古民家などを利用し少人数を対象としたゲストハウスが各地にでき、かねがね興味を持っていたのですぐに予約を入れた。

椿花(つばきはな)ガーデンまで迎えに来てくれたオーナーの高橋千香さんは、宿に着くまでにおおよそ成り立ちを話してくれた。建物は築100年の古民家で、これまで5回移築していること。最近まで会社の寮として使われていたが、空いたのですぐに借りたこと。そして、宅老所(地域密着型の高齢者サービス施設)として利用するのが目的だったことなど。

宿は、大島北端の海水浴場野田浜から徒歩1分で、空港や岡田港からも近い。建物をみてアレッと思った。古民家というよりは、普通のしっかりした建物だったからだ。

しかし、一歩踏み込むと土間があり、古びた柱や梁、板戸、囲炉裏などが、次々と目に飛び込んでくる。一方、床や壁はほとんどが新しい白木の板で、古民家とウッディーハウスの折衷という感じで、悪くない。

居間にあたる共有スペースには、長火鉢風の囲炉裏と床に設けられた囲炉裏が3つ並んでいる。その奥に、8畳ほどの客室がふたつ。それぞれが定員2名のベッドルームで、居間も一応定員1名ということになっているので、全館で定員5名。

客室と反対側に食堂があり、その奥には新たに作られた風呂とトイレ、洗面所、自動洗濯機、乾燥器なども完備していた。古民家の雰囲気を味わいながら、都会の利便性は十分確保されているわけだ。

また、屋内のあちこちに置かれた竹製の炭入れなどの民具や味わい深い家具は、古民家で使って欲しいと持ち寄られたものが大半だという。

宅老施設としてスタート

外に設置されたドラム缶のピザ窯は、先日行われた「島の暮らし体験(定住促進事業)」の人たちが泊まった時に作ったものだ。

自炊なので、BBQ(炭は6㎏1000円)などをしたり、台所で調理してもいいし、島食材を中心とした特別メニューを出してくれる店も紹介してくれるという。朝食(500円)も前日までに予約しておけば、あしたばおにぎりセットかサンドイッチを届けてくれる。

今日の客はひとりだというので、建物の中をいろいろと探索していたら、人気急上昇の大島牛乳のアイスクリームを出してくれた。上には鮮やかな紅色のソースがかかっている。

「椿の花びらのソースなんですよ。少し苦いかもしれません」

花びらだけ味わうとやや苦いが、一緒に食べると単純なアイスクリームの味に、複雑な奥行きが生まれ、なかなかいける。

高橋さんは、有料でいいから島でお年寄りを預かってくれる施設が欲しい、という声をよく聞いていた。それに応えるため借りたこの建物を老人たちに見てもらうと、とても好評だった。子どもや嫁の家族が来ている時は、自分はここに泊まりたいという人も。そういう要望があるならば、正式な宿泊施設として登録しよう。そうして一応態勢が整った昨年1月末の椿まつりの最中、島人の知り合いで宿に困った旅行者から、泊めて欲しいと頼まれ、その人たちが宿泊者第一号となった。しかし、宅老所として利用した人はまだいない。

今回の夕食は準備不足でお弁当を持参したが、できたら地元食材を使って自炊してみたい。また、近くに小さなホテルがあるだけなので、とても閑静で夜空は満天の星。朝は、小鳥のさえずりで目を覚まし、海辺をのんびり散歩した。理想的な田舎暮らし風の1泊となった。

さいとう じゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。おもな著書に『日本《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『旬の魚を食べ歩く』『島で空を見ていた』。
近著は『島──瀬戸内海をあるく』(第1~第3集)、『絶対に行きたい! 日本の島』

(ノジュール2014年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
ご注文はこちら