[エッセイ]旅の記憶 vol.30
17歳の旅。
みうら じゅん
”今日、僕は旅に出るのです。見知らぬ土地で風に吹かれ、大好きな君を想うでしょう”
そんな吉田拓郎の歌詞のようなことをハガキに書いて早朝、京都駅前のポストに入れた。
僕は旅行カバンと重いギターケースを両手に持って金沢行きの列車に乗り込んだ。冬休み、初めての一人旅に出た。遠ざかる故郷を車窓から眺めながら心は不安でいっぱいになった。
日頃から優等生にも不良にも成れないニュートラルな自分を嫌悪してた僕は、残された道はたった一つ。憧れのフォークシンガーに成ることだと信じてた青春ノイローゼ。今のままで感じたこと、思ったことを詞にして曲にする。そして、書き溜めた歌を今年の学園祭で披露したい。その時、ステージに立つ僕を見て君は何と思うのだろうか……。
座席の下から立ち昇ってくる暖房のせいだろう、思考回路はグダグダとなり、いつの間にやら熟睡してしまった。次に目を醒ました時にはもう外はすっかり雪景色。しばらくすると車内アナウンスで「次は金沢」と告げられた。呆気ない一人旅の幕開けに自称・フォークシンガーは仕方なく網棚に乗せたギターケースを降した。“淋しい、淋し過ぎる……”、金沢駅前に立ち鉛色の空を見上げ思った。でも、それに耐えてこそ人の心を打ついい歌が書けるってもんだ。自分を励ましバスに乗り兼六園へ向う。僕はそこで『ライブ・イン・金沢』と、前もって書いてきたカセットに自作曲を吹き込む(レコーディング)計画だった。そのためにラジカセまで旅行バッグに詰めてきたんだから。「えー、今、僕は金沢に来ています(中略)それでは聞いて下さい」、雪が激しく降ってきた。誰もいない兼六園のベンチに座り数曲やって一応、満足した。「どうもありがとう。明日は輪島でライブをします」、予定では明日、能登半島を北上して輪島に行こうと思っていたのだが、飛び込みで入った旅館の人に「この吹雪じゃ電車が走るかどうか」と言われ、ガッカリもしたがホッともした。だって淋し過ぎんだモン。
“北風に煽られて黒雲はぁー♬”、唯一作った曲『金沢』。こんなことじゃフォークシンガーになんて成れやしないと反省した。
それでも翌日、自宅に戻った時、何だかとても成長した気になっていつもより激しくギターを掻き鳴らし、新曲『金沢』をシャウト気味に歌った。
君から電話があったのはその数日後、「あんなハガキ、もう出さんといてや。親も見るから」と叱られた。せめて手紙にすれば良かったと後悔した。
写真:大川裕弘
みうら じゅん●1958年京都府生まれ。イラストレーター、漫画家、エッセイスト、ミュージシャンなど幅広く活躍。
1980年武蔵野美術大学在学中に『月刊漫画ガロ』で漫画家デビュー。
1997年「マイブーム」で新語・流行語大賞受賞。2005年日本映画批評家大賞功労賞受賞。
仏像に造詣が深く、仏像関係の著書のほか、「阿修羅ファンクラブ」会長、いとうせいこうと共に「仏頭大使」を務める。
近著に『見仏記 メディアミックス篇』(いとうせいこう共著)、『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』など。