いつか泊まってみたい懐かし宿 第98回
山口県山口市
友景旅館
年月を物語る築100年の宿は
プロの仕事に納得の料理旅館
100年の年月が染み込む空間
防府(ほうふ)駅を出たバスは、佐波(さば)川を渡ると流れに沿うよう北東へ向かった。「総合支所」で降りるのが近いと言われていたが、気が付くと終点だった。車内放送がなかったのか、なにかの拍子に聞き落したのか。
バスの事務所で宿までの道を聞く。終点から宿へかけての一帯が、旧徳地町(とくぢちょう)の中心らしく、図書館、コンビニ、文化会館、総合支所、造り酒屋から、商店、食堂まで揃っていた。
宿は、赤い石州瓦をのせた風格ある大きな木造2階建て。看板には「御料理友景(ともかげ)旅館」とある。すぐ隣に石の門柱が立ち、中は枝ぶりのいいマキなどを中心に木々が繁る庭だった。玄関の脇には、「旅人御宿友景旅館」という木製の大きな看板もある。
玄関を入った正面には丸窓が設えられた床の間があり、フジツボのついた壺に枯れ枝のようなオブジェが活けてあった。右手は2階へ続く階段で、右手前には古い箪笥などが飾られている。空間全体に長い年月が染みこんだ落ち着きがあった。
声をかけると、若いご主人が出てきて、食堂や浴室、トイレの場所などを教えてくれた。玄関左手には、コミックなどがたくさん置かれた部屋があり、自由に寛ぐことができるようになっている。歴史ある木造旅館に興味があるというと、1階の廊下や部屋も見せてくれた。旅館の創業は、明治末から大正の初期で建物は築100年以上だが、詳細な創業年月日までは伝わっていないという。
「宿を始める前は、運送業をしていたという話は聞いていますが…」
徳地は今では山間の静かな集落だが、かつては瀬戸内と山陰を繋ぐ交通の要衝で、1964年までは防石(ぼうせき)鉄道の終着駅もあった。また、江戸時代は毛利藩の庇護を受けて和紙の産地として栄え、全国的に有名だったという
会席コースやランチ会席も
ピカピカに磨き上げられた昔ながらの木の階段を登って、2階の客室に案内された。二間続きの6畳の和室で、両方に床の間がついている。奥の部屋にはすでに布団が敷いてあった。
特別に高級ではないが、柱や廊下、格子戸、欄間などの材は、なかなか良質だった。廊下の窓ガラスの一部は歪みガラスで、年代を感じさせてくれたし、丸窓にあしらわれた竹の意匠も面白い。部屋の片隅に置かれた籐の籠には、糊のきいた浴衣や旅館名入りのタオル、歯ブラシなども揃っている。反対側の部屋まで行くと、外には長閑な田んぼが広がっていた。
建物と部屋の探検を終えてから、周辺を散策した。階段の下で、「各府縣旅人御宿/出雲村大字堀」と墨書された古い看板を見つけた。若主人が発見してそこに置いたという。図書館に寄って『徳地町史』で地元の勉強をしたところによれば、出雲村がほかの六村と合併して徳地町ができ、さらに現在は山口市の一部となっている。
散歩の汗を風呂で流すと、食堂に夕食が並んでいた。カニかまぼことワカメの和え物、木の芽味噌をのせたイカ刺身、ヒジキの煮もの、ハマチの刺身、天ぷらの盛合せ、三つ葉とかき卵のすまし汁。1泊2食6500円の食事としては上々だ。そして、なによりも料理の質が高い。料理旅館だけあってさすがにプロの仕事で、天ぷらも衣が薄くさっくり揚がっていた。
これなら、本格的な会席料理も期待できそう。1泊2食9750円の会席コースを選べば、春はタケノコや山菜、また川の幸としてアユやカワガニ、地元徳地和牛のステーキなど、季節季節に応じて地の旬の食材を使った料理をふんだんに出すという。
また、火・木・金曜のみ限定でランチ会席や徳地和牛ハーフステーキ膳のランチ(2日前までに要予約)を提供したり、金曜日の夜は居酒屋として開放したりと若い主人がいろいろ工夫しているという。今度来るときは、もう少し張り込んでもっと料理を楽しもう。
さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書に『日本《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『旬の魚を食べ歩く』『島で空を見ていた』。
近著は『島──瀬戸内海をあるく』(第1~第3集)、『絶対に行きたい! 日本の島』
(ノジュール2015年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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