いつか泊まってみたい懐かし宿 第99回

香川県土庄町

コスモイン有機園

小豆島の山の上の野菜畑とログハウス
たっぷりの健康野菜に舌も体も大喜び

宿の始まりは有機野菜作り

土庄(とのしょう)港を出発して海岸沿いに北へ向かったバスは、小江(おえ)で大きく右に曲がって小豆島北岸に入り、長浜停留所で止まった。迎えの主人今川二郎さんのクルマに乗り換えて、山の上にある宿へ向かう。意外に大きな長浜集落と瀬戸内海、さらには対岸の岡山県が一望できる場所を通過して間もなく、ログハウスの宿が現れた。

1階は食堂兼くつろぎのスペースで、自炊可能な台所もある。ロフトのような雰囲気の2階が寝室だった。布団は適宜自分で敷く。寝間着やタオルも持参が原則だ。ここに一組泊まれる。別に、小さな建物が2棟ある。

「有機農業をはじめたのは、30数年前です。有吉佐和子の小説『複合汚染』にショックを受け、家族に安心なものを食べさせたいと、無農薬有機肥料の野菜作りをはじめました」と今川さん。

オーガニックなどという言葉が、ほとんど知られていない時代だった。土庄の街中で英語塾をしつつ山の中に通い、変人扱いされながら、荒れ果てた耕作放棄地をコツコツ開墾して農地を増やしていった。少しずつ納得のできる野菜ができるようになり、これを多くの人に食べてもらおうと、妻の早苗さんと宿をはじめて30年近くなる。

10年ほど前、転機が訪れた。脳梗塞で倒れたのだ。一時は、農業も宿も諦めかけたが、若者にウーフという制度(農作業を手伝ってもらうホストが、食事とベッドを提供する)を教えてもらい登録したところ、世界各国から〝ウーファー〞が訪れるようになった。隣には、ウーファー専用の宿泊棟もある

「彼らのおかげで、農業を続けてこられた。島の山中に居ながらにして、世界中の生の情報を直接耳にできるので、リハビリ効果もあるんですよ」

といっても中心は宿泊客で、オーガニック野菜を食べにくる人、農業体験希望者、一般の観光客など。移住を考えている人が、相談方々泊まったり、長期滞在して家探しをすることもある。

たくさん採れた野菜は、自家栽培麦を使った手作り麦味噌などと一緒に、週に一回ほど引き売りしている。得意先は、オーガニックの価値を認めてくれる移住者が中心だ。

夕食も朝食も健康野菜満載

話を聞き終えてから、畑を散策した。ホウレンソウや小松菜の葉をむしり、ミニトマトを摘んで食べる。どれも瑞々しく味が濃厚で、えぐみはない。健康そのものの野菜に、舌が大喜びしている。雑草に囲まれている野菜も多いが、逞しく育っていた。野菜や果樹の種類を数えて行ったら、目についただけで50種類を超えた。干していた裸麦は、手作り味噌の原料。小麦は、地元のパン屋に分けるという。軒先に吊るしてある、ニンニク、タマネギ、トウモロコシなども輝いて見える。

海までぶらぶらと散歩して、太陽熱温水器のお湯を利用した風呂に浸かり、待ちかねた夕食となった。

熱々の天ぷらは、ツルクビカボチャ、万願寺唐辛子、オクラなど7種類。鶏腿肉のソテーの付合せには、トマト、ルッコラ、イタリアンパセリ、ラディッシュなど6種類。さらに、チンゲンサイのケンチャン(香川県の郷土料理)、揚げナスの手前麦味噌かけ、ブリのカマ焼きインゲン添え、小豆島の冷やし素麺、栗ごはん。デザートは、地元のカキ、ブドウとオリーブの新漬け。

朝食は、もっと種類が多かった。日本ミツバチのハニーコムとイタドリなど3種類のジャムをのせたトースト。ナスとピーマンの素揚げ、ピーマンのピーナッツ和え、ニンジン、シイタケ、高野豆腐などの煮物。圧巻は採れたて野菜の盛合せ。水菜、赤オクラ、ゴーヤー、赤タマネギ、玉ねぎ入りポテトサラダ、トマト、キュウリなど、一皿だけで10数種類の野菜がのっていた。ほかに、卵焼き、梅干し、昆布佃煮なども。デザートは、山羊乳のヨーグルトとブルガリア最上級の乳酸菌を使ったというヨーグルト2種。とても健康的になった気分の1泊2日だった。

さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書に『日本《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『旬の魚を食べ歩く』『島で空を見ていた』。
近著は『島──瀬戸内海をあるく』(第1~第3集)、『絶対に行きたい! 日本の島』

(ノジュール2015年12月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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