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禅寺で味わうアートの非日常空間へ

神勝寺 禅と庭のミュージアム

文:薄雲鈴代 写真:宮田清彦

広島県福山市にある神勝寺は、禅とアートを体感できる全国でも珍しい禅寺です。
その広大な敷地には、著名な建築家が手がけた寺務所や庭園が広がり、白隠禅師の展示館や巨大なアートパビリオンが旅行者を待っています。
日常から禅の異空間へ。
新しい体験型ミュージアムにようこそ。

澄み切った禅庭で
五感をとぎ澄ませる
福山城を背にして、JR福山駅南口を出ると右手に彫刻家・平櫛田中〈ひらくしでんちゅう〉による岡倉天心〈おかくらてんしん〉像が迎えてくれる。薔薇の町で有名な福山はアートとも縁が深い。駅前からバスに乗ること30分、芦田川を渡り、ずんずんと長閑な田舎道に入ってゆくと、堅固な欅造りの総門が見えてくる。

そこは臨済宗建仁寺派の禅寺である。江戸時代に京都御苑内にあった旧賀陽宮〈かやのみや〉邸の遺構である門をくぐると、池泉回遊式の賞心庭〈しょうしんてい〉が目前に拡がり、左手には寺務所、とても禅寺には思えない銅板葺きの松堂〈しょうどう〉がある。屋根の上に松が生え、受付への歩廊に松丸太が並んでいる。建築史家の藤森照信〈ふじもりてるのぶ〉の設計で、山陽道から瀬戸内の風土を象徴する松をテーマに据えている。

天空から俯瞰で見れば、「心」の一字をあらわしているという賞心庭沿いに、禅の修行道場である七堂伽藍が点在している。忙しい現代人は「一周見てまわるのにどれくらいかかりますか」と訊ねるらしい。広大な境内を最短で巡れば2時間程度であるが、時間にせっつかれたのでは、禅なる異空間の深淵にはたどり着けない。五感をフルにとぎ澄ませ、じっくりと向き合おうとすれば、正味たっぷり一日はかかるミュージアムなのだ。

浴室にて身を清め、修行に倣いうどんを食す禅寺にある浴室は、古来、禅僧の修行のひとつで蒸し風呂のようなものであった。その流れを汲み、境内にある浴室には、森林と地続きの半露天風呂に滾々〈こんこん〉とラドン泉が湧き、参詣客も心と身体の垢を落とすことができる。もう一つ竹林の中にも岩風呂があり、日替わりで男女入れ替えとなる。風呂に入る用意がなくても、入浴料には貸タオルが含まれているので安心だ。

つづいて池泉沿いに阿弥陀如来を祀る非佛堂〈ひぶつどう〉があり、堂内へは自由に上がって写経(別途1000円)をすることができる。書き終った般若心経は納めた後、僧侶によってお焚上げ供養される。

国際禅道場を背に、龍背橋〈りゅうはいきょう〉を渡って山際をゆく。禅寺における庭は、坐禅の場であり、さらに一木一草を見つめて作庭するのも掃除をするのも修行そのものである。歩みを進めるほどに趣深い景色に遇い、振り返ってはまた風光明媚な一瞬に息をのむ。つまり見渡すかぎりがビュースポットで目が離せない。自然との対話に時間を忘れる。

水車小屋の向かいにある五観堂では、雲水(修行僧)の修行に倣ってうどんを食し、ランチとすることにした。臨済宗の僧堂では4と9のつく日の昼食に湯だめうどんを食べるという。太い雲水箸を使い、入れ子の碗に、ホウトウのような太い麺を木桶からすくっていただく。うどんは寺内で手打ちされ、古漬けの沢庵も自家製だ。

その先、表千家の書院・残月亭〈ざんげつてい〉と茶室不審菴〈ふしんあん〉の写しである秀路軒〈しゅうろけん〉、千利休の一畳台目の茶室を復元した一来亭〈いちらいてい〉を過ぎ、竹林を越えると、瞎驢庵〈かつろあん〉で驢馬〈ろば〉の“一休さん”に会える。禅の師匠が未熟な弟子を「目の見えない驢馬」と呼ぶように、ロバは臨済禅とは縁が深い。

(ノジュール2019年9月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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