東西高低差を歩く関西編 第33回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

~円山公園~

断層が生んだ
近代和風庭園の理想空間


イラスト:牧野伊三夫

京都東山の山裾に広がる円山公園(京都市東山区)は、明治19年(1886)に開設した京都市内最古の公園である。東山の緑地帯と都市の植栽景観が連結した四季折々の美しさは、京都の数ある名所でも随一だろう。一方で円山公園は、日本の庭園文化にとって新たな展開、すなわち「近代和風庭園」が開花した場所でもあった。

そもそも日本の公園制度は明治6年(1873)の太政官布告に始まり、それ以前からすでに「群集遊覧の場所」だった区域を「永く万人偕楽の地」として「公園」に設定するものだった。結果、各都市では東京の浅草公園(浅草寺)や上野公園(寛永寺)のように近世寺社境内が公園化した例が多く、同じく京都でも祇園祭で知られる八坂神社境内の大半と周辺の中小寺院境内を合体させて円山公園が誕生した。

開設当初は限られた面積の円山公園だったが、明治・大正期を通じて複数回の拡張と改修が進んだ。なかでも重要な事業が、大正元年(1912)から大正3年(1914)にわたる公園整備である。これは大正4年(1915)の大正御大典(大正天皇の即位式と関連行事)に向けたもので、この際に円山公園は「川」を基調とした日本庭園へと生まれ変わったのだ。

円山公園は京都盆地東縁の山地と低地の境界部に位置しており、断層崖(桃山断層)が園内に大きく横たわっている。大正初期の整備事業ではこの断層崖を水源に見立てながら、断層運動が生んだ斜面地形を流れ落ちる水路が新たに開削された。これより今に至るまで、円山公園は川を主人公とした庭園構成となった。

ここで思い返すと、日本庭園は古代より近世に至るまで原則的に「池」を主とするものだった。これはおそらく、池を大海の象徴とする東アジア共通の世界観に由来するもので、我々の世界が球体(地球)と理解される前、大海とそこに浮かぶ島として世界全体が認識されていたことによるものだろう。

これに対し新たな要素を導入したものは、「和風」と呼ばれる文化潮流である。近代以降、「和服」「和食」「和室」「日本画」など、あえて日本らしさ(和風)を標榜する文化要素が次々と成立した。庭園も同様で、池ではなく川を主体とした庭が新たに生まれた。「従来の人はおもに池をこしらえたが、自分はそれより川の方が趣致があるように思う」と述べた近代政治家・山縣有朋の京都邸宅「無鄰菴〈むりんあん〉」(京都市左京区)あたりを端緒として、各地で近世までとは異なる特徴を備えた庭園が誕生したのだ。現在、これらの庭園を近代和風庭園と総称するが、大正初期に改修によって川を主人公に生まれ変わった円山公園はその筆頭というべき構成と規模を誇るものだった。

果たして、なぜ近代和風庭園は川を重視するのだろうか。ひとつは池主体の前近代庭園へのアンチテーゼとして、わかりやすく川が対置されたということがあるだろう。しかし視野を広げると、そこには庭園をつくる際の思想的背景が浮かび上がってくる。それは近代ならではの文化現象として、「煎茶」への熱中である。

今や茶道といえば抹茶が思い浮かぶが、江戸中期から明治・大正期にかけて文化人が傾倒したものが実は煎茶だった。「水火あらば茶を煮るべし。なんぞ居所にかかわらんや」と言われるほど自由度が高く、大自然のなかでのびのびと喫茶と対人交流を楽しむ煎茶特有の大らかさが、各方面で熱烈に受け入れられていった。

19世紀に描かれた煎茶用庭園のモデル図「玉川庭図〈ぎょくせんていず〉」を見ると、喫茶を楽しむ座敷のすぐ隣に玉川〈ぎょくせん〉と名づけられた小川が流れている。これは川から汲んだ水で気軽に煎茶を楽しもうという姿勢の表現で、煎茶空間の一種の理想図というものである。これぞまさしく川を主とした庭そのものであり、近代和風庭園にとって模範となる構成だったのだろう。

京都東山の断層が用意した斜面地形に広がる円山公園は、あるいは煎茶文化を背景に生まれた近代和風庭園にとって理想的な環境だったのかもしれない。そこに川を流して、新たな「和風」を楽しむ。ちなみに公園内に引かれた川の水源は、近代京都の新たなインフラである琵琶湖疏水から取水されたものだった。これも必然というべきだろうか。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2022年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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