河合 敦の日本史の新常識 第27回
ノジュール読者世代が「歴史」を教科書で学んだ時代から、はや数十年。
じつは歴史の教科書は、新事実や新解釈をもとに定期的に改訂されていて、むかし覚えた常識が、いまや非常識になっていることも少なくありません。
〝新しい日本史〟の〝新しい常識〟について、歴史家・河合敦さんが解説します。
まさにUFO!?
日本史に残る未確認飛行物体の記録
イラスト:太田大輔
アメリカ政府の国家情報長官室は2021年6月にUFO(未確認飛行物体)の報告書を公表した。画期的な事だが、じつは日本史にもUFOや宇宙人らしき逸話はたびたび登場する。有名なのは『竹取物語』。かぐや姫は月から迎えが来て帰るわけだが、その記述は印象的だ。夜、彼女の屋敷のまわりが明るくなり、天空から雲に乗った人々が降りてくるが、地上1・5mのところで空中浮揚している。彼らは屋根上に「飛車」なる飛行物体を近づけ、彼女を乗せて飛び去っていった。この『竹取物語』は10世紀半ばには成立していたという。
12世紀の国宝『信貴山〈しぎさん〉縁起絵巻』の「飛倉〈とびくら〉の巻」にもUFOを匂わせる話がある。
信貴山で修行に励む命蓮〈みょうれん〉は、鉢を飛ばして京都山崎の長者から布施を受けていた。なんとも奇妙な話だが、飛んできた鉢に米を入れると勝手に鉢が信貴山へと戻っていくというのだ。だが、あるとき長者は鉢を米蔵へ入れ鍵をかけてしまう。すると蔵から外へ飛び出した鉢が、蔵を持ち上げ信貴山へと飛び去っていった。仰天した長者は、命蓮に蔵を返してほしいと哀願、すると「蔵は返せぬが米は返してやろう」と再び鉢を飛ばした。鉢が米俵を載せて飛び上がると、後から多くの米俵がそれに従って空に舞い上がり、鉢に続いて長者の屋敷へと戻っていった。絵巻を見ると、鉢は小型のUFOのようだ。
研究者の池田隆雄氏によれば、UFOに関する最古の記録は『扶桑略記〈ふそうりゃっき〉』(12世紀末以降に成立)に載る596年の記事だという(大島清昭著「UFO学から見た『武江〈ぶこう〉年表』の空中現象」『現代民俗学研究第八号』所収)。
そこで実際に原本に確認してみたところ、確かに摩訶不思議な記述があった。意訳すると、「法興寺が創建され、推古天皇が臨席して供養会を催した時、にわかにお椀型をした紫雲が天から降りてきて塔や仏堂の上を覆い、五色に色を変え、さらに龍や鳳凰、人間や家畜のように形を変化させた後、西の空へと飛び去っていった。人々は合掌しながらこれを見送った」
大島清昭氏は、江戸後期の斎藤月岑〈げっしん〉の著書『武江年表』から「光物」と記された未確認飛行物体18例を分析し、多くは隕石、火球、地震のさいの発光だった可能性を指摘している。おそらくその通りだろう。ただ、不時着したUFOや宇宙人に遭遇したような1803年の記録や絵図が多く存在する。これを「うつろ舟」事件というが、とくに詳細なのが『兎園〈とえん〉小説』だ。『兎園小説』は、曲亭馬琴〈きょくていばきん〉らが兎園会なるグループで不思議な話や怪談を紹介しあったものを編纂した書である。
同書によれば、1803年2月22日、常陸国〈ひたちのくに〉の沖合に奇妙な形の舟が浮いているのが見えた。そこで人びとは小舟を出してその舟を浜辺まで引っ張ってきた。舟は5・5mを超える丸い箱形で、上部は透明で、松脂のようなものを塗り詰めて接着されている。舟底は鉄板を段々に筋のように張ってある。透明な部分から内部を覗いてみると、なんと中に「異様なるひとりの婦人」がいた。髪と眉は赤く顔は桃色。頭髪はかもじ(エクステンション)で飾られ、白くて長く、背中にまで垂れている。
村の長老は「ロシア人女性の服は筒袖で、腰より上を細く仕立ててあり、髪に白い粉を塗って結んでいるという。この女の髪も白いからロシア人ではないか」と言ったが、それを示す証拠はなく、女の言葉も通じない。彼女は60㎝ほどの箱を片時も離さず、人を近づけようとしない。人びとが船内を臨検すると、2升ばかりの小瓶の水と、敷物が2枚に、菓子や肉を練ったような食べ物があった。
古老が「女は南方異民族の王女だろう。結婚後、不倫したので舟に乗せて海へ流し、生死を天に任せたのだ。大事に持っている箱の中には不倫した男の首があるはず。昔、同じように舟に乗った女が漂着したことがあり、船中に男の生首があったという。ともあれ、領主に伝えたらご迷惑になるので、かわいそうだが女を海へ流してしまおう」と言ったので、女を乗せたうつろ舟は、再び沖合に戻された。『兎園小説』には女の姿と舟のイラストが描かれているが、舟はUFOを想像させる。他にも「うつろ舟」事件の絵図がいくつも存在するが、構図が似ていることから、原図があり、それを写していったのだと推測される。
岐阜大学の田中嘉津夫名誉教授は、事件現場は神栖〈かみす〉市波崎舎利濱〈はさきしゃりはま〉だと指摘する。また、神栖市内の蚕霊〈さんれい〉神社や星福寺〈しょうふくじ〉には、天竺から丸木舟に乗った金色姫が漂着し、世話になった人々に養蚕技術を伝えて天に戻ったという伝承があり、この伝承と「うつろ舟」事件との関連を指摘している。何とも奇妙な話である。
河合 敦〈かわい あつし〉
歴史作家・歴史研究家。1965年東京生まれ。
多摩大学客員教授。早稲田大学大学院終了後、日本史講師として教鞭を執るかたわら、多数の歴史書を執筆。
テレビ番組『号外!日本史スクープ砲』『歴史探偵』出演のほか、著書に『30分でまるっとわかる!なるほど徳川家康』(永岡書店)、『徳川家康と9つの危機』(PHP新書)など。