いつか泊まってみたい懐かし宿 第90回
京都府南丹市
民宿 久や
旅の真髄のひとときがある京の山里の茅葺きの宿
茅葺き屋根が連なる集落
北(かやぶきの里)バス停で下車すると、進行方向左側の山裾に茅葺き屋根の家々が重なり合うように立っていた。予約した宿は、あの中にあるのだろう。緩やかな坂になった小道を登って行くと道標があり、民俗資料館や小さな藍資料館、パン屋、カフェ、そして、久やの名前も記されていた。
道標に導かれて着いた場所には、ごくふつうの今時の家があった。こんなはずじゃなかったと、一瞬暗い気持ちになったが、角を曲がった先に端然とした茅葺き古民家があらわれて、ホッと胸をなで下ろした。
暖簾を潜って声をかけると、間もなく愛想の良いご主人中野忠樹さんがやってきた。築130年ほどの家で、ここ美山(みやま)町ではそんなに古い方ではないという。荷物を置かせてもらい、すぐに周辺を散策することにした。
まず、宿のまわりをうろうろ。比較的高い場所にあるので、庭先から他の茅葺き屋根が一望できる。当地の北山型茅葺住宅の特徴は、入母屋造り、板壁で建具は板戸、屋根の縦に飛び出した千木(ちぎ)と横に一本通った雪割りなどだという。目の前の見事に苔むした茅葺き屋根は、美山民俗資料館だった。
鎌倉神社のある高台に登って、茅葺き集落を一望。15時少し前に宿を出て、宿へ戻ってきたのは17時少し前。ちょうど2時間でゆっくりとすべてを巡ることができた。資料館や土産店で時間をとっても、4時間あれば十分だろう。歩くだけなら、30分もあればいい。
預けた荷物は、縁側がついた8畳の和室に運び込まれていた。アットホームな雰囲気の漂う部屋からは、茅葺き集落が望まれる。基本的に風呂は外の施設に行くことになっていて、これから自然文化村河鹿荘へ送ってくれるという。5分足らずで目的地に到着し、宿の主人が入浴券を渡してくれた。 預けた荷物は、縁側がついた8畳の和室に運び込まれていた。アットホームな雰囲気の漂う部屋からは、茅葺き集落が望まれる。基本的に風呂は外の施設に行くことになっていて、これから自然文化村河鹿荘へ送ってくれるという。5分足らずで目的地に到着し、宿の主人が入浴券を渡してくれた。
廊下との仕切は雪見障子で、窓の部分には細かな風景が彫り込まれたガラスが嵌めてあるという凝りようだ。そして、障子戸下部の板は木目が緻密で不思議な模様を見せている。隣の部屋との間に設けられた欄間も彫刻ではなく、朽ち木のような風合いの板。
隣室はそれほど凝っていないが、一隅の上部に三角形の天袋のようなものがあった。これも見たことがない。またつるりとした天井板は、細かな柾目板でかなりの上ものとみた。
野菜たっぷり、鮮度抜群の地鶏鍋
1 時間後宿に戻ると、囲炉裏がある居間兼食堂へ案内された。客室はそのまわりにある3室のみで、こぢんまりとして居心地がいい。
夕食に並んだ料理は、予告通り地鶏鍋一式とおでん(大根、ゴボウ天、卵、コンニャクなど)、カブのあちゃら漬け、揚げたての天ぷらはモロッコインゲンとサワラ、サツマイモ。
鍋は、近所で平飼いしている地鶏をその都度潰してもらっていて鮮度抜群だ。腿肉、胸肉、ささみはもちろん、輸卵管、腎臓、砂肝、レバー、キンカン、ハツ、さらに謎の部位など珍しいものも混じっている。鉄鍋に鶏ガラスープを注ぎ、肉を入れてから、野菜もたっぷり加える。自家製の白菜、たまねぎ、水菜、ねぎ、春菊などの野菜。さらに、えのき、しめじ、豆腐、糸こんにゃくなど。醤油をかけ回し、砂糖をふりかけて、後はぐつぐつ煮るだけ。地鶏はもちろんだが、食べきれるかと思ったほどのたっぷりの野菜は、いつの間にかきれいになくなっていた。
食事もさることながら、ご主人の話も面白い。連泊の場合、2日続けて地鶏鍋になるのか聞いたところ、裏メニューを用意しているが、内容は内緒だという。また、ベジタリアンなどの要望にも応えるようにしていて、台湾からメールで来た、母親が五葷(ごくん)(ニンニクやニラなど)が食べられないが大丈夫かという問合せにも対応した。
「どんな要望でも、できる限り応えるよう努力しています!」
台湾のガイドブックに紹介された久やのキャッチコピーはなんと「熱情茅草屋民宿」。言い得て妙だと思った。
翌朝は、8時から居間で食事。平飼い鶏の地卵、万願寺唐辛子の葉とジャコの煮付け、ゼンマイの煮つけ、きんぴらゴボウ、鹿肉の大和煮、焼いた鮭の切り身などと、なめこと豆腐の味噌汁、おいしいご飯。山の田圃で作っているキヌヒカリだから、収量が少ない分凝縮された味になっている。
食後は縁側でお茶を飲みながら、小雨に煙る山里の風景を飽かず眺めて過ごした。旅の真髄のひとときだった。
さいとう じゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。おもな著書に『日本《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『旬の魚を食べ歩く』『島で空を見ていた』。
近著は『島──瀬戸内海をあるく』(第1~第3集)、『絶対に行きたい! 日本の島』