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新幹線の生みの親
十河信二〈そごうしんじ〉を
知っていますか?
戦後間もない日本で新幹線の必要性を説き、新幹線開業を実現させたのが、第4代日本国有鉄道(以下、国鉄)総裁を務めた十河信二です。
十河に関するノンフィクション・ノベルを執筆した髙橋団吉さんに、彼の人物像についてお話を聞きました。
「世界一の鉄道を
つくろうじゃないか!」十河信二が生きた時代は、ほぼそのまま日本の近代史と一致します。日清・日露戦争から日中戦争、そして第二次世界大戦。多くの死者が出たすさまじい時代です。彼の人生は、満州での事業を筆頭に失敗の連続で、百戦百敗。そんな彼が最後に一度だけ勝ったのが、新幹線を実現化したことです。当初は「老人の夢物語」と相手にされなかったものの、「世界一の鉄道をつくろうじゃないか!」をかけ声に、数々の困難を乗り越え、実現させます。
鉄道は人と人をつなぐ
コミュニケーションツール十河は「鉄道とは、Aという街とBという街を直接つなぐコミュニケーションツールだ」とずっと言い続けてきました。リアルに人と人とが接することができる手段、交流するための手段だと。人によって意見が違うのは当たり前で、直接話すことによってその違いを超えて、やるべきことや理想を共有する。ひいてはそれが世界の平和に利する、と考えていました。実際、国鉄総裁でありながら労働組合の指導者とも親しく交わり、意見や立場の異なる政治家とも話をしました。リモートで事が進む現代、十河の思想は再評価されるべきではないでしょうか。
ホームにある十河の
レリーフが数多〈あまた〉
の新幹線を見守る先日、十河ゆかりの地である愛媛県西条市へ向かう際、東京駅で東海道新幹線に乗る前に、せっかくだから18・19番線ホームにある十河のレリーフに挨拶していこうと立ち寄り、ふと思ったんです。十河はいったい、何本の新幹線をここで見送ったのか……。新幹線は、東海道から山陽、東北、北海道、上越、北陸、九州など日本全国に広がり、さらにはフランスのTGV〈テージェーヴェー〉やスペインのAVE〈アヴェ〉など世界に広がっていきました。十河は世界初の時速200㎞で走る高速鉄道という、まったく新しい鉄道システムをつくった人なんです。夢をもって、激動の時代を生き抜いた男。そして、夢を実現させた男です。
2024年は、十河が走らせた新幹線の生誕60年、そして十河生誕140年に当たります。