いつか泊まってみたい懐かし宿 リプライズ【特別編】①
1月号で100回を数えて終了した人気連載
「いつか泊まってみたい懐かし宿」。
今月から2号に渡り、過去に掲載した宿の中から
特に注目度の高かったところへ、
筆者・斎藤潤さんが再訪します。
今回は瀬戸内海の2つの島宿へ。
島を取り巻く環境や、住む人・訪れる人の思いを映すように、
宿もしなやかに変化していました。
真鍋島(岡山県笠岡市)
島宿三虎(さんとら)
眼前に広がる瀬戸内の海
瀬戸内海西部に浮かぶ真鍋(まなべ)島も牛島(うしじま)も、これといった観光ポイントはない。けれども、時々帰りたくなるような居心地のよい宿がある。懐かし宿に登場した後も、それぞれに時々足を運んでいたが、今回改めて紹介後の変化を追った。
まず、真鍋島にある島宿三虎へ。ここへは港で下船してから高さ40mほどの低い尾根を越えて歩くしかない。足が悪いと大変だが、集落から山を越えて続く小径から望む瀬戸内海は一見の価値がある。
一方、さすが瀬戸内海で、宿の前の桟橋にプレジャーボートやヨット、海上タクシーなどで直接横付けするお客も多い。
この8年間で、屋根がきれいに葺き替えられ、山側の2階の部屋にテラスができ、食堂が全面リニューアル。海に面した食堂のテラスには、ピザ窯も完成した。主人の久一(ひさいち)博信さんは、オリジナル土産の開発などにも取り組んでいる。
三虎の魅力は、新鮮な海産物が食べきれないほど並ぶこと。博信さんは、基本を大切にしつつ、常に新しい調理法にも挑戦し続けている。
欧米人旅行客の目当ては?
最近凝っているのは、煮凝りやアクアパッツァだ。当日並んだ料理は、ハモやタコの煮凝り、ナマコ酢の柚子釜、ナゴヤフグの白子ポン酢。カワハギの姿造り、カワハギの肝、ナゴヤフグの刺身。ワタリガニの塩ゆで、タイの腹身とアナゴの塩焼き、揚げたメイタガレイの野菜あんかけ。キジハタ、クルマエビ、ムール貝、アサリ、ハリイカ、パプリカ、ドライトマトなどのアクアパッツァには、ラベンダー、ローズマリー、イタリアンパセリなどが散らしてあった。さらに、カサゴの丸揚げ、ハモの天ぷら、カボチャやシュンギクの天ぷら。とても食べきれない。ほかのお客たちも残念そうに食べ残している。
しかし、旨い上にこれでもかという大量の料理を、ほぼ必ず平らげる人たちがいる。わざわざ三虎へ海の幸を食べにくる欧米人たちだ。英語のガイドブック『ロンリープラネット』で紹介されるようになって20年ほどになる。また、数年前ぶらりと島へやってきて三虎に1月半ほど滞在して『マナベシマ』というフランス語のイラストガイドを書き上げたフロラン・シャヴエの本が出てから、フランス、スイス、イタリアなどのお客が急に増えたという。
三虎は刻々と変容し続けるので、今後も目が離せそうにない。
牛島(香川県丸亀市)
アイランドガール
のびやかな田園風景が展開
三虎の次に訪ねたアイランドガールのある牛島は、真鍋島から直線距離で20㎞足らず。足の速い船なら30分ほどで着いてしまう。しかし、船〜列車〜船と公共交通機関を乗り継いで行こうとすると、4時間近くかかってしまう。こんな時に人数がいれば、海上タクシーで中国から四国の島へという離れ業もできるのだが。
6年前は20人ほどだった人口は半減して10人の牛島だが、集落は船が着く北の里浦と、宿がある南の小浦の2つが存続していた。途中には10mに満たない低い峠があって、2つの集落を分けている。
小浦へ下って来る時に開ける田園風景は、一瞬小島にいることを忘れさせてくれるのびやかさ。
広い水田と溜池が健在なのだ。アイランドガールの一番大きな変化は、道を挟んだ向かいの家も改修して泊まれるようになったこと。築百数十年という古民家の旧棟も味わい深いが、暮らすように泊まるなら新棟の方が使いやすいかもしれない。どちらかというと、若い人たちには旧棟、中年以上の人には新棟が人気だという。宿泊料金は同一だから、好みで選ぶといい。
自給自足も可能な豊かな島
自炊なので、食材を持ち込んでBBQしたり、弁当やカップ麺で済ませる人もいるが、地元食材で自炊するのも楽しい。オーナーの横山敬子さんに頼んでおくと、地魚を浜値で確保しておいてくれる。ただし、サワラやスズキなど大型高級魚のことが多く、ひとりでは食べきれないので要注意。また、島で作っている野菜を分けてもらえることもある。まわりは豊かな海で磯には海藻も多く、米も野菜も柑橘もとれる島なので、自給自足に近い暮らしも可能だ。
そんな環境なので、ノマディック・キッチンの一行が訪れ、島の食材を使った料理作りを楽しんでいったこともあるという。
最近はじめた「牛ツーリズム」は、花畑の草取り、海岸のゴミ拾い、山道の枝払いなど、高齢化で手が回りかねる島の環境整備を1日数時間手伝うと、宿泊代を大幅に割り引いてもらえる仕組みだ。
また、島では若手の横山さんは、お年寄りや島外に住んでいる人から、畑や空き家の管理を頼まれることが多い。島での野菜作りや島暮らし体験に興味のある人は、直接問い合わせて欲しい。
さいとうじゅん●1954年岩手県生まれ。ライター。テーマは島、旅、食など。
おもな著書に『日本《島旅》紀行』『吐噶喇列島』『旬の魚を食べ歩く』『島で空を見ていた』。
近著は『島──瀬戸内海をあるく』(第1~第3集)、『絶対に行きたい! 日本の島』
(ノジュール2016年2月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
バックナンバー
いつか泊まってみたい懐かし宿 第100回/離れ宿 定心坊
いつか泊まってみたい懐かし宿 第99回/コスモイン有機園
いつか泊まってみたい懐かし宿 第98回/友景旅館
いつか泊まってみたい懐かし宿 第97回/本家扇屋
いつか泊まってみたい懐かし宿 第96回/川のじ
いつか泊まってみたい懐かし宿 第95回/松之山温泉 凌雲閣
いつか泊まってみたい懐かし宿 第94回/新木鉱泉旅館
いつか泊まってみたい懐かし宿 第93回/御花
いつか泊まってみたい懐かし宿 第92回/後生掛温泉
いつか泊まってみたい懐かし宿 第91回/Shimayado 當
いつか泊まってみたい懐かし宿 第90回/民宿 久や
いつか泊まってみたい懐かし宿 第89回/料理旅館 大正楼
いつか泊まってみたい懐かし宿 第88回/古民家ゲストハウス いなかや
いつか泊まってみたい懐かし宿 第87回/白布温泉湯滝の宿 西屋