東西高低差を歩く関東編 第42回
地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。
「舞台」としての階段
~高低差がつくる都市の名所
イラスト:牧野伊三夫
階段には、上下階をつなぐ機能的側面の他に、空間を豊かに演出する舞台装置としての一面があると思う。西欧の建築では、吹き抜け空間の中に装飾豊かな階段を設えた事例が多々あり、階段を上り下りすることで劇的に変化する空間体験に、感動やときめきを覚えた方も多いはずだ。その体験は建築物の中に限らず、野外の階段でも堪能できる。例えば、ローマの代表的な観光名所として知られるスペイン広場。トリニタ・デイ・モンティ教会が階段の上に聳え、幅の広い石段で、思い思い自由な時間を過ごす人たちがつくる楽しげな風景は、都市におけるあるべき公共スペースのお手本を示しているように思う。そして歴史的な建造物に限らず、スペイン広場のような「場」もその町の顔に、都市を代表するシンボルになり得るのだと思う。昭和28年(1953)に公開された米国映画『ローマの休日』ではまさに、階段がシーンを彩る舞台として存在感を示していた。
前置きが長くなってしまったが、武蔵野台地特有の凸凹地形の上で発展を続ける東京には、名所的な坂道や階段が多数存在している。曲がりくねった坂道や階段はマニアの心をつかみ、町歩きのきっかけになっているのは周知のこと。昨年刊行されたタモリ氏の著書『お江戸・東京 坂タモリ(港区編)』(ARTNEXT)をはじめ、関連書籍が多数刊行されているのがその証拠。間違いなく地域資源のひとつではあるが、本稿ではちょっと視点を変え、ローマのスペイン広場のように、階段空間が町のシンボルに位置付けられている事例があるのか考察してみたい。
東京での事例として挙げられそうなのが谷中にある「夕やけだんだん」。上野台地と谷中の低地をつなぐ、西向きで幅が広く開放感ある階段だ。名付け親は、伝説の地域広報雑誌『谷根千』の編集者だった森まゆみさん。平成2年(1990)に石段が改装された際の愛称募集時に採用されたもので、まさに谷根千〈やねせん〉とよばれる谷中・根津・千駄木エリアのシンボル的存在だ。階段自体は昭和になってから御殿坂と谷中銀座商店街をつなぐ階段として新設されたもので、古くから使われていたのは夕やけだんだんの裏道にあたる七面坂。こちらは優美なS字カーブを描いて、谷中ならではの寺町風情を人知れず静かに醸し出している。
近年の事例のなかで紹介しておきたいのが、霞が関コモンゲートとよばれる再開発地に設えられた大階段。武蔵野台地の突端に位置し、外堀通りの軸線上にあたり、西欧のバロック都市で見られるような正面性の「見立て」が実現している。西欧の都市では歴史的建造物に正面からアプローチする街路構成によって、都市の景観に象徴的かつ権威的な都市景観を創出する事例が多々ある。霞が関コモンゲートの大階段では、軸線の先に聳えるのが霞が関ビルディング。昭和43年(1968)に日本で最初の超高層ビルとして竣工したもので、地震の力を柳のように受け流す柔構造の理論で建設された。それ以前の建物の高さは31mが上限に押さえられていたが、容積制限制度への移行によって生まれた建造物でもある。かつて都市の風景を一変させた超高層ビルというビルディングタイプが都市の象徴として、外堀通りの軸線正面、大階段を上った先で存在感を示しているところが面白い。
この大階段の足元にあたる場所にはかつて、外堀川(汐留川)の流れが横切っていた。神社の階段を上る前に太鼓橋を渡る場面によく出会うが、この大階段でも同様のシークエンスが成立すると想像するとなかなか興味深いものがある。汐留川は昭和29年(1954)から段階的に埋め立てられ姿を消したが、霞が関コモンゲートの再開発工事の際に出土した石垣で、外堀を一部復元した展示施設が用意されている。階段の先はかつて江戸城内、いわゆる御曲輪〈おくるわ〉だった土地で、外堀そしてこの階段のある場所が江戸城内と下町の境界部分だったわけだ。
江戸時代には、この大階段のそばに虎ノ御門とよばれた桝形の渡櫓門〈わたりやぐらもん〉があった。江戸六口のひとつで、外桜田門から初期の東海道に通じる門で、四神相応の西を守護する白虎から付けられた「虎ノ門」の名は、今日東京を代表するビジネス街の代名詞となっている。
この辺りを歩いてみると、比較的「疎」な霞が関官庁街と「密」な虎ノ門の町の、はっきりとした対比が感じられ面白い。両者の境界が外堀であり、江戸の町割りを東京が継承していることも実感できる。そして対比的な町すなわち異なる二つの世界をつなぐシンボルとして、霞が関コモンゲートの秀逸なる大階段は誰からも注目されずに静かに佇んでいる。それもまた東京らしいのかもしれない。
皆川典久 〈みながわ のりひさ〉
東京スリバチ学会会長。
地形を手掛かりに町の歴史を解き明かす専門家として『タモリ倶楽部』や『ブラタモリ』に出演。
著書に『東京「スリバチ」地形散歩』(宝島社)や『東京スリバチの達人/分水嶺東京北部編・南部編』(昭文社)などがある。2022年にはイースト新書Qより『東京スリバチ街歩き』を刊行。
専門は建築設計・インテリア設計。