東西高低差を歩く関西編 第45回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

京都・御土居

「惣構」はなにを囲んだのか


イラスト:牧野伊三夫

「惣構 sogamaye 市街地や村落などの周囲をすっかりと取り囲んでいる柵、または防壁」。キリスト教布教のため、江戸時代初期に発行された『日葡〈にっぽ〉辞書』に立てられた項目であり、これは当時の日本語に対してポルトガル語で説明を加えたものだ。そのなかに収録された語句こそ、現代日本語から消えて久しい「惣構〈そうがまえ〉」なる言葉である。

改めて、惣構とは都市や集落を土塁と堀によって包み囲んだ構築物であり、前近代の日本各地にて普遍的に見られた風景でもあった。西洋や中国に多く見られる、市壁を備えた城郭都市をイメージしたらわかりやすいだろう。そうした惣構のなかで、千年の都・京都に造られたものが「御お土ど居い」である。

御土居は近世初頭、天正19年(1591)に豊臣秀吉によって建設された。秀吉が京都に築いた城郭である聚楽第〈じゅらくだい〉を中心に京都を城下町に改造する事業の一環とも考えられており、当時の公家の日記によると、天正19年(1591)正月に建設工事が始まり、なんとたった2ヶ月後には工事の過半を終えている。御土居の建設後、京都は土塁と堀によって大きく囲まれた都市に変貌したのだ。

ところで御土居、あるいは各地の惣構共通の問題が、なぜそれが建設されたのかという疑問だ。もちろん『日葡辞書』に記された「防壁」の言葉どおり、都市・集落を防備する軍事的機能がまず思い浮かぶ。京都の御土居の場合、公家の日記には「御土居の出入り口を封鎖して犯罪者の逃亡を防ぐため」と記されており、治安維持の目的も重視されたことがうかがえる。

豊臣秀吉は御土居を建設することで、戦乱の世が終わり、秀吉の号令の下で平和が実現したことを高らかに宣言したのだろうか。この意味で、御土居建設を「刀狩り」や「海賊停止令」と並んで、豊臣秀吉の政策に見られるある種の平和志向と評価する理解も十分に可能である。秀吉を中心に、武士や町人(商工業者)などの住民が御土居によって守られた都市。それは、住民の皆が惣構によって守られた町。このように京都は生まれ変わったわけだ。

しかし、京都以外の各地の城下町を見ていくと、必ずしもこのような構造ばかりではない。たとえば東海地方を代表する城下町の名古屋では、惣構は市街地全体ではなく武士の居住区のみを囲んでいた。町人は惣構の外側に居住区が設定されている。

町人も含めて惣構が囲んでいた京都(御土居)を仮に「町人型」とするならば、武士のみを惣構が囲んだ名古屋のようなあり方を「武士型」とモデル化できるかもしれない。実はこの町人型と武士型の惣構モデルだが、大きく見ると日本列島の東西地域差を示すと考えられそうなのだ。

つまり京都の御土居を見ていると、惣構とは武士と町人を問わず都市住民の全てを囲む防壁と理解しがちだが、東日本ではごく少数の例外(江戸と小田原)を除いて、ほぼ全ての城下町が武士型の惣構となっていた。仙台、会津若松、川越、宇都宮など、知りうる限りにおいて東日本の城下町は規模の大小を問わず武士型の惣構を備えている。一方で、町人型の惣構は岡山、姫路、福岡、高知など、西日本に全て集中しているようだ。この東西差の境界線は、地質的に日本列島を東西に二分するフォッサマグナあたりだろうか。

惣構モデルの町人型と武士型は、必ずしも東西差のみに還元できるわけではない。たとえば広島や熊本は、西日本でありながらも武士型の特徴を示している。ただし日本列島規模で俯瞰すると、各地の惣構はかなりはっきりと東西差によって区分できそうだ。町人も囲むのか、武士のみを囲むのか。これは単に惣構の特徴の違いだけでなく、都市はいったい誰のものなのかという重大な問題にも帰結するはずだ。おぼろげな私見を披露すると、城下町という都市類型が日本列島の東西で系譜を異にしていた可能性も考えられそうだ。単純化すれば、商工業者の都市と武士の都市、この二つをルーツとして近世城下町は出現したのであり、それは西日本と東日本の歴史的性格に由来していると。今後も研究を深めていきたい。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2023年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
ご注文はこちら