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那須烏山

巨大な洞窟で眠る
まろやかな黄金色の酒

文=山口あゆみ 写真=入江啓祐

栃木・那須烏山〈からすやま〉の静かな里山。一見変哲もない山の中に総延長600mもの洞窟があり、10万本の日本酒が眠っている。通路の幅、高さは3・5mほど。壁をよく見ると、手掘りされたことがわかる。第二次世界大戦末期に建設された地下軍需工場の跡地なのである。

那須岳の伏流水に恵まれた地で嘉永2年(1849)に創業した島崎酒造。旨みの深い甘めの酒「東力士」が地元の人々に長年愛されてきた。20年ほど前、それまで瓶詰め工場の地下にあった熟成庫のセラー室がいっぱいになったとき、会長の島崎利雄〈しまざきとしお〉さんは中学生のころ学徒動員で工事に従事した洞窟のことを思い出した。現地を調査したところ、まったく崩れずに放置されていることがわかり、大吟醸をここで貯蔵することにしたのだという。

案内してくれた島崎健一〈しまざきけんいち〉社長がこう話してくれた。

「数年経ってみて、思った以上にうまい酒ができていたのです。当初は光が当たらず、低温貯蔵ができればよいと思っていたのですが、15℃以下の低温というだけでなく、季節によって5〜15〜5℃とゆるやかに変化していました。その温度変化がワイナリーのカーヴ同様、香味の成分の分解と合成の反応をもたらし、瓶内で対流を起こし、バランスのよい熟成をうながしているようなのです。」

「大吟醸熟露枯〈うろこ〉」の1年、3年以上、10年以上の3種をテイスティングしてみる。時間を追うごとにまろやかさが増し、香りが芳醇になる。

「1〜10年というのが一番劇的に変わる面白さを感じていただけます。3年は食事とともに飲むのもいいですが、味わいのふくらみがピークとなる10〜15年はお酒の味わいに集中して楽しんでいただきたいですね。不思議なことに、20年以上になると研ぎ澄まされた味わいになってきます。熟成日本酒は〝刻〈とき〉を楽しむ酒〞だと思います」

洞窟のあるスペースには、ずらりと並ぶ瓶にさまざまなメッセージや写真が付けられている。最長20年、お客様から預かって熟成させているオーナーズボトルだ。誕生したばかりの子どもの20歳の祝いの日のために、あるいは20年後の自分のために。

「今造っている酒は未来の人のための酒なんです。そういう意味でも熟成日本酒はロマンだなあと思います」

(ノジュール2023年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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