東西高低差を歩く 第56回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

都市の欲望?

~低平地に生まれた高低差


イラスト:牧野伊三夫

都市は階段を欲している、と感じることがある。例えば幅の広い階段が、上下移動の機能的側面に留まることなく、人で賑わう「広場」のような振舞を見せている場面に出会った時だ。時に階段は、町を眺めるビュースポットになったり、休憩スペースに使われたり、出会いの場になることさえもある。自由な時間を過ごせる自分の「居場所」としての側面が階段にはあるように思う。この連載のテーマである「高低差」を都市が欲しているかの如くだ。

そもそも坂の町とも称される東京には必然的に階段が多い。そこで2023年4月号では起伏に富む都心山の手の名所的階段をいくつか選んで紹介した。さらに2023年2月号では、山の都手の土地の高低差を活かして魅力的な場を創出している大規模な再開発事例を取り上げた。振り返ると「階段」という場が、施設の顔に位置付けられるのは、複雑な凹凸地形を有する東京ならではの特権的特色なのかもしれない。けれども平坦な土地においても、山の手とは異なる魅力的な階段が近年出現している。平坦な下町に誕生したユニークな名所を取りあげたい。

再開発事業では、公共的な貢献を計画に取り込むことで、都市計画法上の規制・制約の一部が緩和される制度がある。都市再生特別地区における再開発事業者には、貸床を増やせる権利を受ける代わりに、環境負荷低減に対する取組み強化が義務付けられたり、歩行者ネットワークの整備や地域コミュニティ活性化支援など、社会貢献を課される法的制度が用意されているのだ。規制緩和により増えた事業収益の一部を社会に還元させることで、都市を安全・安心・快適に、民間の資本を使って整備する政策である。

都市貢献施設として創出されたなかには、ユニークな階段状のスペースを見かけることがある。平坦な土地に生まれたそうした事例を見るたびに、やはり都市は高低差、そして階段を欲しているのだとも思う。まち歩きが楽しくなる具体的事例を紹介しよう。


渋谷川を舞台とした客席のような大階段は、歩行者ネットワークの結節点となる

渋谷ストリーム
(渋谷区渋谷3丁目)
東急東横線の旧渋谷駅地上駅舎ホームの一部を再開発した複合施設で、開か い渠きょ化された渋谷川を渡った先に大階段が設えられている。渋谷川の水の流れが、駅前の喧騒と再開発地の結界となり、その先に配置された大階段が神社へのアプローチを思わせる点が面白い。事業者は地下を流れていた渋谷川の開渠化にもこだわったという。階段の先にあるのが商業施設というのも渋谷らしい。出現した渋谷川を舞台と見なせば、まさに客席のような階段スペースの誕生だ。今後オープンする他の大規模再開発地と連動し、歩行者ネットワークの一部を形成する。


渋谷川を舞台とした客席のような大階段は、
歩行者ネットワークの結節点となる

皆川典久 〈みながわ のりひさ〉
東京スリバチ学会会長。
地形を手掛かりに町の歴史を解き明かす専門家として『タモリ倶楽部』や『ブラタモリ』に出演。
著書に『東京「スリバチ」地形散歩』(宝島社)や『東京スリバチの達人/分水嶺東京北部編・南部編』(昭文社)などがある。2022年にはイースト新書Qより『東京スリバチ街歩き』を刊行。
専門は建築設計・インテリア設計。

(ノジュール2024年6月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)

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