東西高低差を歩く 第61回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

扇状地に出現した新時代

奈良・纒向


イラスト:牧野伊三夫

歴史ファンを長年にわたり魅了してきた遺跡が、奈良盆地東南部に位置する纒向〈まきむく〉遺跡(奈良県桜井市)である。

纒向遺跡は弥生時代終末期から古墳時代前期初頭(3世紀ごろ)に、それまで人間活動がほとんど見られない土地だった、河川(纒向川)の扇状地中央部に突如出現した。奈良盆地の弥生時代遺跡は水田耕作に適した低地部に分布しており、地下水位が低く、礫〈れき〉が分厚く堆積した扇状地中央部にある集落は稀であった。纒向遺跡は、弥生時代人にとってフロンティアといえるような環境に、まったく新たに開発されたのである。

また纒向遺跡の規模たるや、南北約1・5㎞、東西約2㎞もの広大な範囲が想定されており、はるか後世の奈良時代から平安時代の宮都である平城宮(南北約1㎞、東西約1・3㎞)や平安宮(南北約1・4㎞、東西約1・2㎞)をしのぐ巨大さだった。

立地環境や規模に加えて、検出遺構にも注目すべきものがある。JR 巻向〈まきむく〉駅近くの辻地区では、3棟の建物遺構が柱筋を揃えながら東西方向に一直線に並んでいた。このうちの一つは建物の長辺が約19mに及んでおり、これは弥生時代と古墳時代を通じて日本列島で最大規模であった。

ちなみに東西南北の正方位に則した建物配置の例としては、纒向遺跡の辻地区ほかに、南北方向の建物配置が見つかった飛鳥宮Ⅱ期の遺構(奈良県明日香村)が挙げられる。飛鳥宮Ⅱ期は7世紀半ばに時期比定され、『日本書紀』に登場する飛鳥板蓋宮〈いたぶきのみや〉(皇極天皇)と推定されるものである。すなわち纒向遺跡の大型建物群(3世紀ごろ)は、7世紀の飛鳥時代王宮を遡ること400年前に正方位配置を実現していることになる。なおかつ、飛鳥宮Ⅱ期の建物配置は南北方向であり、これは「天子南面」を思わせる計画・思想がうかがえる一方、纒向遺跡の大型建物群は東西方向に建物が並んでおり、飛鳥時代以降の古代王宮とは別種の原則や思想を背景としているようだ。

纒向遺跡で見つかった大型建物群とは、一体どのような性格なのだろうか。思い起こすのは、中国史書『三国志』「魏書東夷伝倭人条」、一般に魏志倭人伝として知られる記事である。そこには纒向遺跡と同時期の3世紀の日本列島が活写されており、なかんずく女王卑弥呼の存在感が強烈である。卑弥呼が居した「女王国」の場所については、邪馬台国論争として今も盛んであるが、魏志倭人伝に「宮室・楼観・城柵、厳かに設け、常に人有り、兵を持して守衛す」と記された卑弥呼の居館は、纒向遺跡の大型建物群が何より有力候補となるだろう。

ちなみに辻地区の大型建物群は、3世紀中ごろに廃絶する。これと入れ替わるように建設されたのは、最初の巨大古墳として知られる箸墓〈はしはか〉古墳である。卑弥呼の死去はまさしく3世紀中ごろ(西暦250年前後)と考えられるが、ここから大型建物群の廃絶と卑弥呼の死去を関連づけて、次段階に卑弥呼の墓として箸墓古墳の築造を想定する研究者もいる。一方で、理化学分析の放射性炭素年代測定法から、纒向遺跡と卑弥呼の間に年代差があることを指摘する意見もあり、辻地区の大型建物群=卑弥呼の「宮室」とは即断できない。

このほか、纒向遺跡は地域に由来する外来系土器の異例ともいえる多さ、農耕具に対する土木用具の出土数の卓越など、卑弥呼と邪馬台国を巡る論争を脇に置いたとしても、一般の集落遺跡とは明らかに異なる特徴をもっている。「新しいぶどう酒を古い皮袋〈かわぶくろ〉に入れる者はいない」とは『新約聖書』(マタイによる福音書)の一節であるが、弥生時代から古墳時代へと大きな社会変動が生まれたまさにその時期、奈良盆地東南部の人影もまばらな扇状地上に突如出現した纒向遺跡とは、新たな時代と社会をおさめる「新しい皮袋」だったのだろうか。

この連載の関西編は今回が最終回である。これまで読者から多くの感想を頂戴し、大きな励みとなった。この場を借りてお礼を申し上げたい。また編集部には、締め切りを巡って常にドラマティックな展開を用意してしまった。改めて心よりお詫びする。またいずれお会いしましょう。新しいぶどう酒をどこかで。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2024年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)

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