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手造りにこだわる都内唯一の味噌蔵

味噌蔵を見学しよう

文=編集室りっか、腰本文子 写真=柏原真己 イラスト=梅本香子

創業180有余年、東京・練馬の地で伝統を守り続ける味噌蔵・糀屋三郎右衛門。
昔ながらの手造りにこだわり、脈々と受け継がれる極上の味と、その味を守る蔵人の思いを探ります。

麹の仕込みから始まる
伝統の味噌造り
最寄り駅から10分ほど歩くと、閑静な住宅街の中に、そこだけ昭和の雰囲気をまとった木造の建物が現れる。東京・練馬の糀屋三郎右衛門〈こうじやさぶろうえもん〉、ここは麹から天然醸造の味噌造りを手がける都内で唯一の味噌蔵だ。江戸時代後期に茨城県で創業し、昭和14年(1939)に現在地へ移転。創業以来、手造りの製法にこだわり、家族で代々、伝統の味を守り続けている。「原料は国産の大豆、米、塩だけ。機械はほとんど使わないで、昔ながらの手作業が中心です。なかでも味噌造りの“命”とされる麹の仕込みが、うちの真骨頂です」と語るのは、8代目の辻田宥樹さんだ。

麹とは、蒸した米・麦・大豆などの穀物に麹菌というカビを付けて繁殖させたもので、味噌やしょうゆ、日本酒、みりんなど、日本伝統の発酵食品の製造に欠かせない存在だ。ここでは、白米・玄米・大麦・小麦を使った4種類の麹を製造・販売している。訪れた日は、ちょうど白米麹の仕込みの真っ最中だった。

麹室〈こうじむろ〉には、麹を育てる木箱がぎっしり。湿った空気の中に漂う芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。生きた麹菌が活発に働き、米を醸す匂いだ。熟成中の麹は純白の花が咲いたようで美しい。辻田さんによると、麹造りでは蒸した米に麹菌をムラなく散布する工程が一番気を使うという。粗熱を取った白米のひと粒ひと粒に菌が付くように、優しく手もみして混ぜるのが、味噌造りの第一の極意。麹菌が好む人肌に近い温度を保つべく、手で確かめながら作業を行う。「麹は生きているので、“造る”というより、香りや手ざわりなど、五感を総動員して育て上げるもの。生き物が相手だからうまくいくときばかりではないけれど、いいできに仕上がったときの満足感は格別です。そこがまたおもしろい」

味噌蔵の光景は圧巻だ。代々使い込まれた道具類が置かれていて、そのひとつひとつに目を奪われる。

昔ながらの味噌の仕込み工程は、蒸した大豆に塩切り麹を加えて攪拌し、ペースト状にする。それを木桶に入れたら仕込みは完了だ。発酵が進んだ頃合いを見て小さな容器に移し、熟成を促す。白味噌は3カ月〜半年、赤味噌は1年ほど寝かせたら完成だ。シンプルな工程に思えるが、麹造りと同様、どの作業においても、色や香りの微妙な変化や手に感じる温もりなど、五感をフルに使った見極めが欠かせない。

糀屋三郎右衛門では、完成品の味噌の中からこれぞ、と思う自信作を選び、仕込み段階で種味噌として適量混ぜ、育てたい味に近づける工夫をしている。これが第二の極意。その混ぜ加減が難しく、経験を積み、職人としての感覚を磨いていくしかないという。

(ノジュール2026年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)

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