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東京・下町1日プラン 雑司が谷

鬼子母神と七福神めぐり

文:松尾裕美 写真:宮地 工

武蔵野の面影を残す雑木林や数百年の歴史を刻むお堂を核に、路地に小体な家が連なる雑司が谷。
川の手の下町とは異なる趣を湛え、変わっていくようで変わらない不思議の町を、七福神を縦糸に、思い出を横糸に歩いてみました。

南池袋界隈
繁華街の福の神
のっけから私事で恐縮だが、雑司が谷は馴染みある町だ。ケヤキ並木は部活のランニングコースだったし、この町に下宿していた友人も多い。懐かしくも恥ずかしい、若気の至りの記憶でいっぱいのこの街角を、七福神巡りという大人の趣向で歩く日が来ようとは。思えば遠くへ来たもんだ。でも雑司が谷七福神は初耳だなと調べたら、2011年に地元有志の発案で始まったのだそうだ。

散歩の起点は池袋駅にした。こちらからの一福神目は「華の福禄寿」。戦争で焼失した堂宇を近代的なビルにし、時代に沿った寺として歩む仙行寺《せんぎょうじ》にある。闇の中に浮かんでいるような釈迦如来大仏も必見だ。

次の布袋尊を探していたら、外壁がめがねに埋め尽くされた尋常ならざる建物が目に飛び込んできた。看板に「老眼めがね博物館」とある。フラフラと店内に吸い込まれると内壁も天井もめがねだらけ。値段はタダから数百万円までとものすごい振れ幅だ。聞けば、かつては問屋だったが時代の流れで成り立たなくなった。「要は在庫をさばくアウトレット。でもうちに来たことが楽しい経験としてお客さんの記憶に残ってほしいんですよ」と店主の武井豊さんは言う。「七福神巡り中? 布袋様にお参りすると、うちで無料のめがねをもらえて、ね、福があるでしょ」。武井さんの視線の先に目をやると、あ、布袋尊だ。以前ここにあった石材店に飾られていた石像で、継がれた右肩は戦争の傷跡という。

布袋尊の祀られた東通りを逸れて細道を抜けると、この地で700年余りの歴史を刻む法明寺《ほうみょうじ》の境内だ。参道の桜並木が苔の緑に影を落とし、陽だまりではちょび髭をたくわえたような人間顔のネコたちが昼寝。先ほどまでと雰囲気は一変し、東通りは結界だったかと思えてくるほど。

法明寺のお堂はすべて戦災で失なわれたが、梵鐘だけは江戸時代のものだ。貴重な鉄が供出を免れたのは、江戸の庶民がふだん使いしていた度量衡器が刻まれており、美術品として認められていたからだという。

観静院《かんじょういん》で弁財天に参り、参道に戻ると、正面に鬱蒼とした木立が見える。鬼子母神堂だ。江戸時代建立のお堂は国の重要文化財。御神木の「大公孫樹《おおいちょう》」はそれよりさらに遡ること350年以上の樹齢700年だ。その根本に続く赤い鳥居は、倉稲魂命《うかのみたまのみこと》を祀る武芳稲荷《たけよしいなり》。鬼子母神堂建立以前から地主神のおられる「稲荷の森」として信仰を集めていたという来歴に、心はし、ん、と中世へ飛んだ。

境内の大黒天にお参りして「おせんだんご」や駄菓子屋で買い食いしていたら、今度は中世から昭和へ逆回転。この境内、石立鉄男主演のドラマ『水もれ甲介』に出ていたはず。

(ノジュール2019年4月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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