[エッセイ]旅の記憶 vol.79

88日間世界一周

櫻井 寛

1977年にカナダを旅して以来、今日までに世界95ヵ国を訪れ、渡航回数は239回を超えた。海外だけで「239旅」を体験してきたわけだが、もう記憶が薄れてしまった旅もあれば、鮮明に記憶に残る旅もある。その中でも「究極の旅の記憶は?」と、問われたなら、私は迷うことなく、1993年の「88日間世界一周!」と、叫ぶであろう。

その旅は、フランスのシャンパンメーカー「シャルル・エドシック」が主催する世界一周早回りの国際ラリーだった。条件は各国2名で1チームを組み、それぞれの母国を9月中にスタートし、シャルル・エドシック社の支店のある世界20都市を訪問し、100日以内にスタート地点の母国に戻るというもの。

「100日で20都市? 簡単なことでは?」

なんて早合点しないでほしい。なぜならば、航空機など空飛ぶ乗り物は不可なのだから。

かくして、鉄道と船とバスで世界一周する旅は始まった。スタートは9月10日、富山県の伏木〈ふしき〉港よりロシアの貨客船「アントニーナ・ネジダノワ号」でウラジオストックへ。以降は、シベリア鉄道でモスクワ着。さらに、国際列車でポーランド、ドイツ、スイス、イタリア……イギリスと、ヨーロッパを一周してイギリスのサウサンプトン港より「Qクイーン・エリザベスE2」に乗船し大西洋を横断しニューヨークへ。

アメリカ、カナダ、メキシコを鉄道とバスで巡り、シアトル港より日本郵船のコンテナ船に員外事務員として乗船し太平洋を横断。さらに、シンガポールから香港まで駒を進め、中国大陸は鉄道で巡り、旅の終わりは上海港発の中国船「鍳真〈がんしん〉号」で。神戸港到着は12月6日、日本を発って、88日間で世界一周を果たしたというわけである。

ラリーそのものは、イギリスチームが優勝し、我が日本チームは参加賞に甘んじたが、賞よりも、鉄道と船とバスのみで世界一周できたことが何よりも誇らしかった。

さらに、この「88日間世界一周」の旅が、鮮明な旅の記憶として刻まれている理由に、盗難事故がある。忘れもしない1993年9月30日、日本を発って20日目のこの日、イタリアはミラノにて、一眼レフ2台、レンズ5本など撮影機材一式、現金50万円、旅行小切手120万円、ユーレイルパス、パスポートなどが入ったカメラバックを一瞬にして奪い盗られた。被害総額は350万円。その結果、ミラノ警察に被害届を出したり、在ミラノ日本領事館にてパスポート再発行手続きなどで足止めに。ああ、それさえなければイギリスチームを抑えて優勝していたかもしれない……。


イラスト:サカモトセイジ

さくらい かん
1954年長野県生まれ。鉄道フォトジャーナリスト。
1994年には『鉄道世界夢紀行』で第19回交通図書賞を受賞。海外渡航回数239回以上、取材した国は95カ国を数える。
著書に『オリエント急行の旅』『豪華寝台特急の旅』『日本列島鉄道の旅』『鉄道世界遺産』ほか多数。コミック『駅弁ひとり旅』(作画・はやせ淳)などの監修も務める。

(ノジュール2019年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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