「新時代医療(ネオメディカル)」のススメ 第7回

日々進歩する予防医学。
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耳が遠い人は認知症予備軍!?
聞こえをよくしよう

朝田 隆先生
(文:大政智子 イラスト:安齋 肇)

年をとると耳は遠くなるものです。
ただ、「聞こえにくい」ことは、認知症の大きなリスク要因となります。
「難聴」の人は発症リスクが2倍になるという報告も。
今月は、なぜ「耳が遠い」と認知機能が低下しやすいのか、予防のために何ができるかを、30年以上、認知症の診断と治療に携わる朝田隆先生に伺いました。

難聴と認知機能低下
関係性を示す明確なエビデンス
「集団の中での会話が聞き取りにくくなった」「話しかけられたときに聞き返すことが増えた」などの経験がある人は、聴力の低下が疑われます。

年だから多少、耳が遠くなってもしょうがない……と放置する人も多いのですが、そのままだと将来の認知症リスクが跳ね上がるので危険です。

2011年にアメリカで発表された研究報告では、難聴の人は正常な人に比べて、認知症の発症リスクが軽度で約2倍、中度で約3倍、高度では約5倍高くなっていたのです。2017年には、世界的にも権威のあるイギリスの医学誌『The Lancet』に「認知症には予防可能なリスク要因が9つあり、そのうちもっとも高い割合を占めるものが中年期(45〜65歳)の難聴である」という研究報告が発表されて注目を集めました。

認知症の予防可能なリスク要因は全体の約35%で、そのうち9%を中年期の難聴が占めています。喫煙が5%、うつが4%、高血圧が2%なので、難聴が突出して高いことがわかります。

難聴が認知機能を低下させる理由は2点考えられると言われています。ひとつは加齢とともに聴力が低下することで、コミュニケーションがうまくできなくなって社会的に孤立してしまうこと。もうひとつは脳が音を聞き取ることにエネルギーを使ってしまい、記憶などに回すエネルギーが不足して認知機能の低下を招くことです。

「聞こえない」ことよりも、
社会性の欠如が問題
先に挙げたように、難聴が認知症のリスク要因になるのは、コミュニケーション力が低下して社会性が失われてしまうことが大きく関係していると言われています。

社会性とは、集団をつくって生活しようとする人間の根本的な性質です。社会的に孤立すると、認知症のリスクだけでなく、死亡リスクが高まります。

さらに、孤独な人は脳の炎症を促進する遺伝子が多く、抑制する遺伝子が少ないこともわかっています。

加齢による難聴は避けられないものではありますが、コミュニケーション能力は本人の意識や努力で改善することが可能です。それは、加齢性の難聴には、音は聞こえているけれど意味が理解できにくくなっているケースがあるからです。これは音を認識してから意味を理解するまでに、咀嚼する時間が必要になっているため。翻訳力の低下と言えばわかりやすいでしょうか。

翻訳力は本人が家族や友人と、積極的に話そうという意思があれば、聴力が低下しても高めることができます。また、聴力の低下は補聴器の利用や家族が滑舌よくしゃべることで、コミュニケーション不足をカバーすることが可能です。

人間は社会的な動物です。耳が遠くなってきても聞き取る努力、会話することを心がけましょう。

もうひとつの、記憶などに回すエネルギー不足によるリスクは、早い人では40代から始まっています。本人も気がつかないうちに聴力が低下し、知らずしらずのうちに認知機能に使うためのエネルギー不足に陥ってしまうのです。

対策は、ヘッドホンやイヤホンを使って大音量の音楽を聞いていると聴力が低下しやすいので、耳に負担のない大きさで聞きましょう。それだけで将来の認知症リスクが変わります。

ただし、聴力はいったん低下してしまうと改善できません。その場合は補聴器を利用しましょう。いまどきの補聴器は小型コンピュータのようなものです。

自分に合ったものをオーダーして、時間をかけて調整することで、以前よりも使い勝手がよくなりました。価格は40万円前後と高額ですが、試してみる価値はあります。

補聴器は管理医療機器なので、購入を希望する場合はまず耳鼻科を受診しましょう。家電量販店などで購入できる数万円の製品は、法的な規制がない単に音を集める集音器で、自分の耳に合わせた微妙な調整はできません。

集音器を利用して使い勝手の悪さから、補聴器を嫌がる人が少なくないのですが、集音器と補聴器はまったく別ものです。認知症予防のためには、補聴器を活用してコミュニケーションの多い社会的生活を送りましょう。

あさだ たかし
メモリークリニックお茶の水院長。1982年東京医科歯科大学医学部卒業。同大学医学部附属病院特任教授、筑波大学名誉教授。
東京医科歯科大学神経科精神科、英国オックスフォード大学老年科留学、筑波大学臨床医学系精神医学教授などを経て、2015年より現職。
30年以上認知症の研究と臨床に携わる。
memory-cl.jp

(ノジュール2019年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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