東西高低差を歩く関西編 第1回

地形に着目すれば、新しい姿や物語が見えてくる。
そんな町歩きの魅力を関西・東京で毎号交互にご紹介していく新連載。
第一回は、梅林秀行さんによる京都・新京極です。

新京極「盛り場」のなりたちを考える


イラスト: 牧野伊三夫

旅人の目になって京都を訪れてみよう。多くの人にとって京都でおなじみの場所といえば、たとえば「新京極〈しんきょうごく〉」だろうか。京都の代表的風景である鴨川の西側、南北550メートル東西50メートルほどのごく狭いエリアに、京都いや日本最大級の観光地帯が展開している。ここで京都土産をひとつふたつ買った人もいるだろう。

その一方で新京極には、創業90年の老舗酒場「京極スタンド」や、これまた創業90年の洋食屋「スター食堂」など、京都市民が世代を問わず愛してやまない名店も数多い。つまりこの場所は、単に観光客のみならず、地元住民も気安く集まってなにかを飲み食いし、買い物するような街なのだ。このような街を、「盛り場」という。もちろん周知の言葉だろうが改めて。

【盛り場 さかり・ば】人が多く寄り集まってにぎやかな場所。繁華街。(『広辞苑』第七版)

京都の新京極に限らず、東京浅草、大阪道頓堀、名古屋大須、さらに米ニューヨークのタイムズ・スクエア、英ロンドンのピカデリーサーカス、韓国ソウルの明洞〈ミョンドン〉など、国内外の都市には必ず盛り場がある。

ところで新京極は、また別の意味で京都のなかでやや異例のエリアでもある。それはすなわち「丁字路」の集中地帯であるということ。

ご存じのように京都市内の中心部は、古代平安京の都市計画に由来した、十字路の街区が多い。「上ル、下ル」「東入ル、西入ル」といった十字路の交差点を基準とした住所表記は、京都に日々暮らしていると実に合理的な道案内だと感じる。

 しかし新京極には、十字路がほとんどない。そのかわり、丁字路が南北に10箇所も連なっている。つまり、新京極は平安京とはまた異なる、独自の都市計画が過去に作用したのではと想像が広がっていく。あるいはそのように考えたくなる。

実は新京極周辺は、江戸時代まで京都最大級(日本最大級でもある)の寺院集中地域「寺町〈てらまち〉」地区だった。

戦国の世に終止符を打った豊臣秀吉が、彼の天下統一事業と並行して京都を大改造した。巨大城郭「聚楽第〈じゅらくだい〉」をはじめ、京都の東玄関口「三条大橋」や都市全体を囲む土塁・堀「御土居〈おどい〉」築造など、秀吉の登場で京都は激変したといえるだろう。この改造事業の重点項目が、京都の住民と密接な関係だった寺社を在地から引きはがし、市街地東縁部に並べ集める寺町建設だった。

そしてこの寺町地区が江戸時代中期以降、京都最大の劇場街となっていく。

参詣客が集まる寺社境内には小屋が建ち、芝居や浄瑠璃が上演される「宮地〈みやち〉芝居」というかたちで、人びとが集まる場所に転生していった。つまり寺町一帯は、近世にはすでに実質的な盛り場となっていたと考えてよい。

そこに目を付けたのが明治新政府である。東京遷都の後、凋落が危ぶまれた京都に対して多くの振興策が検討されたが、そのひとつが新市街地「新京極」の建設だった。人びとが京都に、さらに、再び、集まる場所を建設しよう。選ばれたエリアが、近世盛り場だった寺町地区だった。

まさしく現在、新京極に連なる丁字路は、実は近世寺社の表門と仏堂・社殿を東西に結んだ参道を活用して道路化した結果なのだ。そして「新京極通」という道路そのものも、もともと寺社境内の間を貫いていた私的な南北通用路を、再開発時に正式に道路化したものだった。

仕上げは新市街地の命名である。明治という新時代に盛り場として再開発された京都東縁部の寺町地区は、古代平安京の東境界線「東京極大路」が置かれたエリアでもあった。これが「新」たな「京極」を意識した、近代「新京極」の命名由来だ。

ただし実態は、近世寺町地区の近代における再開発である。したがって、古代平安京に通有の十字路ではなく、近世寺町の境内参道を継承した丁字路が街路の主体となっていった。

新京極とは、各時代の歴史が何層にも重なるエリアでもあったのだ。それは同時に、盛り場という人びとの活動が、特に集中する場所だからこその重層性を感じる。人はどこに、集まり、散っていくのだろうか。京都という街を考えるうえで、まずはそこから話を始めていきたい。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。
「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組「ブラタモリ」では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2019年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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