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河合 敦の日本史のウラ話 第3回

日本史がターニングポイントを迎える時、綺羅星の如く現れる、偉人、賢人、豪傑、美女たち……。
誰もが知っている歴史事件とその英雄たちの背景にある、教科書が教えないウラ話を、歴史家・河合 敦さんがご紹介します。

歌人・斎藤茂吉の
知られたくない愛欲の顛末


イラスト: 太田大輔

東京の浅草寺〈せんそうじ〉近くにある『ウインズ浅草』(場外馬券売場)のあたりは、かつて瓢箪池と呼ばれた名所が存在した。現在は埋め立てられてしまったが、池のほとりには見事な藤棚があった。

昭和11年1月18日、その棚の下で50代半ばの紳士が若い清楚な女性の唇を激しく求めていた。不審に思った巡査が見とがめ、交番に連れて行って事情を聞いた。仕方ないと思ったのだろう、その紳士は素性を明かした。日本を代表する歌人・斎藤茂吉〈さいとうもきち〉であった。きっと巡査も驚いたろうが、2人を無罪放免とした。女のほうは永井ふさ子。茂吉から短歌の通信指導を受けていたが、昭和9年の子規三十三回忌歌会で茂吉の前に姿を見せた。

茂吉は、ふさ子の美貌に圧倒された。以後、ふさ子は敬愛する茂吉に誘われ地方の吟行に参加したり、茂吉の家で添削を受けるようになった。そしてこの日、浅草でエノケンの劇を見て食事をした後、藤棚の下で初めて唇を奪われたのである。茂吉が頬や首に激しく吸い付いたので、あちこちにキスマークが残り、ふさ子は同居する妹に気づかれないよう布団をかぶって寝たという。まもなく、2人は肉体関係を結んだ。

山形県出身の斎藤茂吉は、東京で病院を経営する斎藤紀一〈さいとうきいち〉に引き取られ、東京帝国大学医科大学を出て紀一の次女・輝子〈てるこ〉の婿となった。病院長として活躍する一方、学生時代から短歌の才能を見せ、アララギ派の中心的な歌人として、戦後に文化勲章を受賞する。

実は、この接吻事件の3年前、妻(輝子)の浮気が発覚した。ダンス教師の田村一男〈たむらかずお〉が人妻たちを誘惑して性的関係を結び、金をせびっていることが発覚して逮捕されたのだが、その被害者の1人に輝子が含まれていたのだ。輝子は田村との男女関係を否定したが、茂吉は信じなかった。世間体を気にしたのか離婚こそしなかったものの、同じ屋根の下で暮らすのは耐えられず、彼女を親戚の家に預けた。50を過ぎた初老の茂吉は男性としての自信を喪失し、深く傷ついた。

そんな時に、ふさ子が現れたのである。茂吉は、ふさ子に多くの恋文を認めた。「ふさ子さん! ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか。何ともいへない、いい女体なのですか。どうか、大切にして、無理をしてはいけないとおもいます」、「たましひはぬけてしまひます。ああ恋しくてもう駄目です」、「恋しくて恋しくて、飛んででも行きたいやうです。ああ恋しいひと、にくらしい人」、「写真を出して、目に吸ひこむやうにして見てゐます。(略)圧しつぶして無くしてしまひたい……」

目を覆いたくなるほどの直情的な文章である。ところが不倫の事実は、数人の弟子以外にはひた隠しにし、こまめにつけている日記にも、不倫を匂わせる文言は一切見えない。さらにふさ子に対し「手紙は絶対に他人に見せてはいけない。読んだら必ず燃やしてくれ」と命じ、時には変名や他人を装って手紙を書いた。社会的地位を失ってまでも、愛を貫くつもりはなかったのだろう。ただ、茂吉の独占欲は異常で、日頃の彼女の行動を逐一知りたがり、部屋の前で張り込みをすることもあったという。

ふさ子は茂吉を愛していたが、道ならぬ恋だとわかっていたので、想いを断ち切るため、ある男と見合いをして結婚を決めた。茂吉はそれを祝福したが、激しい恋文を送ることはやめない。そこでふさ子の心は揺らぎ、交際相手と結納まで進みながら、また茂吉と肉体関係を結び、良心の呵責から縁談を破談にしてしまった。結局、ふさ子が精神的にまいって寝込んだことで、不適切な関係は両親の知るところとなり、不倫は終わったのである。

その後、ふさ子は生涯独身を通した。茂吉の死は、新聞で知ったという。それから10年後の昭和38年、ふさ子は『小説中央公論』に茂吉からの書簡約80通を公表した。上記がそれらの一部である。その衝撃的な内容に賛否両論がおこったが、なぜふさ子は手紙を公開したのだろうか。

これはあくまで想像であるが、もしかしたら永井ふさ子は、自分という日陰の存在を世間の人々に知ってほしかったのではあるまいか。日本を代表する歌人であり、文化勲章を受章した偉人、斎藤茂吉がかつて死ぬほど愛した女、それがこの私なのだと……。

平成5年、永井ふさ子は、83歳の生涯を静かに閉じたのである。

河合 敦〈かわい あつし〉
歴史作家・研究家。1965年東京都生まれ。
早稲田大学大学院卒業後、日本史講師として教鞭を執るかたわら、多数の歴史書を執筆。テレビ番組「世界一受けたい授業」のスペシャル講師として人気を博す。
主な著書に『目からウロコの日本史』『世界一受けたい日本史の授業』『逆転した日本史』など。多摩大学客員教授。

(ノジュール2019年12月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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