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東西高低差を歩く東京編 第7回

地形に着目すれば、新しい姿や物語が見えてくる。
そんな町歩きの魅力を関西・東京で毎号交互にご紹介していく連載企画。
第7回は梅林秀行さんによる京都・平安宮。
そのドラマチックな変遷を「段差」で読み解きます。

段差が物語る、
古代宮殿「平安宮」


イラスト:牧野伊三夫

古代宮殿のふしぎな変遷を語ろう。これは「段差」が語る、「平安宮」の数奇な歴史である。

平安宮とは、古代宮都「平安京」の中央北部に位置した巨大宮殿で、南北約1.4㎞、東西約1.1㎞の規模を誇った。今でいうと、首相官邸と国会議事堂、さらには霞ヶ関の官庁群すべての役割を兼ね備えた場所といってよいだろう。

ただ平安宮自体の歴史は、案外ややこしい。まず実態があまりなかった。たとえば『源氏物語』や『枕草子』で有名な藤原道長の時代には、平安宮は貴族にとって、人影もまばらな「肝試し」の場になっていたらしい(ちなみに道長本人も、若き日にこの肝試しを経験している)。

実は、平安時代の前期から中期にかけて、国家の首長たる天皇自身が、平安宮の中心建物「大極殿」には現れなくなり、本来は華々しく挙行するはずの儀式も、天皇の私的空間「内裏」の内部だけで完結するようになっていた。平安時代中期、すなわち藤原道長の時代になると、そもそも平安宮内の「内裏」自体に天皇が住まなくなり、外部の「里内裏」と呼ばれる本来別宅だった邸宅で、天皇は日々の政務と生活を送るようになっていた。これが道長の頃、平安宮が肝試しの場所になってしまった事情である。

さらに時代を下るごとに、平安宮はますます実態を失う。肝試しの場所はおろか、次第に災害などで建物が焼失しても再建されずじまいになる。鎌倉時代になると、そこはもはや往事の宮殿は消え失せて、「内野」と呼ばれる巨大な「空き地」に変貌していた。この状態がなんと、約400年後の安土桃山時代まで続く。平安宮は宮殿としてよりも、実は「空き地」としての歴史の方がずっと長いのだ。

ここで視点を現代へ変えよう。21世紀現在、平安宮の跡地を凸凹地形図で眺めると、とても興味深いものが目にとまる。

「段差」である。かつて平安宮があった範囲内に、東西方向の段差が数多く集まっている。しかもこの段差群は、ほぼ等間隔に、おおよそ120mの間隔で南北に連なっているようにも見える。

この段差であるが、私はもしかしたら平安時代、それも平安宮・平安京が建設された平安時代前期にさかのぼる、地盤造成の痕跡ではないかとにらんでいる。

平安宮は元々、京都盆地に突き出した丘陵先端上に建設された。天皇自身はお気に召さなかったようだが、周囲よりも強固で標高が高い地盤を選んで、平安宮は置かれていたわけだ。ただし丘陵の先端上に位置するため、平安宮の立地環境は、南から北に向かって、長々と上り坂が続く斜面となっており、宮域の南端と北端の間の距離が約1.4㎞にして、比高差は実に約21m。これは勾配が約2%と今もかなりの傾斜である。

そして平安宮の建設時、「大極殿」「紫宸殿〈ししんでん〉」といった壮大な宮殿建築のために、この斜面地形を「ひな壇状」に造成し、建物が配置可能な平坦地を造り出していたことが発掘調査でわかってきた。つまり、現代の凸凹地形図に浮かび上がる段差群は、古代の首都建設工事の痕跡ではないか。そう考えると、この段差群が約120mの等間隔で並んでいる理由も見えてくる。120mとは、古代平安京で実施された都市計画の基本単位「1町」の長さに近いのだ。

では、これらの段差が平安宮の建設当時のものとして、なぜ古代の造成工事の痕跡が今も残っているのだろうか。答えはおそらく、平安宮が中世全体にわたる約400年間もの長い期間を「空き地」で過ごしたことにある。

実は「内野」と呼ばれた、平安宮跡地の広大な空き地は、鎌倉時代から室町時代の中世を通じて、「聖地」と認識されて、かつてあった宮殿の跡地では即位式などの重要儀式が執り行われていた。大極殿や紫宸殿などの建物はもはやなく、空き地が広がる場所。しかしそこは王権にとって神聖な場所であり、保護されるべき対象であって、大部分が市街地化を免れたのだ。結果、地形に大きな改変が加えられることなく、平安宮建設時の段差が温存されたというわけだ。

「空き地」だが「聖地」でもある。平安宮の数奇な変遷は、今も段差によって語られている。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。NHKのテレビ番組「ブラタモリ」では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2020年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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