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東西高低差を歩く東京編 第9回

地形に着目すれば、新しい姿や物語が見えてくる。
そんな町歩きの連載の第9回は、京都の鴨川と東山。
江戸時代に時間をさかのぼってみれば、ウォーターフロントの鴨川沿いと現在は静かな佇まいを見せる東山には現在とは違う顔があったのです。

近世京都の盛り場、
「鴨川」と「東山」


イラスト:牧野伊三夫

「盛り場」とは、人が大勢集まって、活動が集中する場所のことだ。最近では、「オンライン飲み会」という流行も新たに生まれている。これもインターネット環境を、一種の盛り場と見立てた宴会の形式であろう。社会的生物である人間には、盛り場が必要なのだ。

ところで、人はどこで、どのように「盛る」のだろうか。盛り場の歴史とは、そのまま人間の社会活動「遊び」への理解に結びつく。

たとえば、「河原町〈かわらまち〉」「先斗町〈ぽんとちょう〉」「木屋町〈きやまち〉」そして「宮川町〈みやがわちょう〉」や「祇園〈ぎおん〉」など、京都の盛り場を取り上げてみよう。これらのうち、いずれかで(あるいはそのすべてで)遊んだ経験のある方もいるはずだ。ところで、京都の代表的な盛り場の共通点は、いずれも市街地の東部を流れる「鴨川」の沿岸部に集中立地するところにある。それはいったいなぜだろうか。

江戸時代前期後半(17世紀後半)、徳川政権直轄の巨大都市「三都」すなわち「江戸」「大坂」「京都」は、空前の再開発ブームだった。増えた人口と新たな市街地整備のため、都市縁辺部を流れる河川の沿岸一帯が次々と開発されていった。江戸の吉原(隅田川)、大坂の曾根崎新地(大川)、そして京都の祇園(鴨川)などの盛り場は、いずれも江戸時代前期後半の都市河川の沿岸部再開発で生まれた。

江戸時代の人びとは、水辺空間(ウォーターフロント)に開発ポテンシャルを見出し、そこを「盛り場」として新たに市街地化していったのだ。この意味で、「三都」(江戸・大坂・京都)の盛り場たちは、似た事情で成立した兄弟関係にあるといってよい。京都・鴨川沿岸の現代繁華街も、こうした近世ウォーターフロント開発にルーツをもっているのだ。

一方、京都では、江戸や大坂とはまた違って、水辺を離れた場所にも新たな盛り場が生まれていった。そこは鴨川から東へ1㎞ほど、桃山断層の運動によって隆起した「東山」である。この東山の斜面に立ち並んだ寺社の境内そのものが、盛り場に育っていくのだ。

とりわけ参拝客ならぬ酔客を集めたのは、「六阿弥〈りくあみ〉」と呼ばれた場所だった。江戸時代、東山の山裾には「真葛ヶ原〈まくずがはら〉」という野原が広がっていて、そこは油断すると肥だめに落ちてしまうような、田舎めいた空気を醸していた。この真葛ヶ原の向こう、桃山断層の隆起によって東山の斜面がひときわ急になる場所に、近世京都の奥座敷「六阿弥」が栄えていたのである。

六阿弥とは変わった名前の盛り場と感じるだろう。それもそのはず、もともとは安養寺〈あんようじ〉というお寺の塔頭〈たっちゅう〉たちが、変化したものなのだ。時宗寺院である安養寺には、阿弥陀信仰ゆかりの「阿弥」の名を冠した六つの塔頭が付属していた。これらが江戸時代以降、参拝客を接待するうちに飲食や芸妓を招いた歌舞音曲も提供するようになり、阿弥の名がついた六つの塔頭こと「六阿弥」という一種の花街空間へと変貌を遂げたのだ。

江戸時代中期に描かれた案内図『都林泉名勝図会〈みやこりんせんめいしょうずえ〉』を見ると、桃山断層の断層崖斜面に張り出すように設けられた、巨大な木造三階建ての座敷が描かれている。これが当時、参拝客・酔客をもてなした「六阿弥」のすがたである。

盛り場をとおして、京都の歴史を読み解くと、「雅」や「はんなり」といった観光用のイメージとは異なった都市のリアリティが浮かび上がる。それは鴨川の水辺に集まった人びとのすがたであり、さらには東山(桃山断層)の「崖」斜面で遊んだ人びとのあり方だった。みずからの日常世界である市街地を離れて、東山の斜面から見おろす景色と美酒・美食は格別だったのだろうか。

かつてオランダの歴史家ホイジンガは、人間の本質を「遊び」という活動と理解して、ホモ・サピエンス(人類)を「ホモ・ルーデンス」(遊ぶ人)と再定義した。山に囲まれ、川が流れる京都盆地の環境をいかんなく活用した近世京都人とは、その意味でまさしく、京都の都市と自然を遊び尽くしたホモ・ルーデンスの典型だったのだ。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。NHKのテレビ番組「ブラタモリ」では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2020年7月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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