河合 敦の日本史の新常識 第1回

ノジュール読者世代が「歴史」を教科書で学んだ時代から、はや数十年。
実は歴史の教科書は、新事実や新解釈をもとに定期的に改訂されていて、
むかし覚えた常識が、いまや非常識になっていることも少なくありません。
〝新しい日本史〟の〝新しい常識〟を、歴史家・河合敦さんが解説します。

〝イイクニつくろう鎌倉幕府〟
を知らない(?)
いまの子供たち


イラスト: 太田大輔

歴史の教科書は、通常4年ごとに改訂の機会を得て、内容が更新される。新しく発見された史料をもとにした情報の追加や、新たな解釈、有力な説などが採用され、これまで覚えてきた歴史認識が変わっていくことも少なくない。読者諸氏が「社会」「歴史」「日本史」を教科書で学んでから、すでに数十年が経った。本連載では、覚えたはずの歴史の事実がいつの間にか変わっていた……という、目からウロコの「日本史の新常識」について、毎回ワンテーマずつご紹介していこうと思う。

第一回は、鎌倉幕府の成立年から。――わが国初の武家政権である鎌倉幕府は、1192年に源頼朝が征夷大将軍になったことで成立したと教科書に記されていた。これは国民の常識であり、みなさんも学校で「イイクニつくろう、鎌倉幕府」と習ったはずだ。

ところが近年は、そう書かれていない高校(中学校)の教科書が登場し始めたのである。たとえば、高校日本史で最大のシェアを誇る山川出版社の『詳説日本史B』(2017年)には、次のように記されている。「1185年(文治元)、平氏の滅亡後、頼朝の支配権の強大化を恐れた法皇が義経に頼朝追討を命じると、頼朝は軍勢を京都に送って法皇にせまり、諸国に守護を、荘園や公領ごとに地頭を任命する権利や一段当たり5升の兵糧米を徴収する権利、さらに諸国の実権を握る在庁官人を支配する権利を獲得した。こうして東国を中心とした頼朝の支配権は、西国にもおよび、武家政権としての鎌倉幕府が確立した」

少し内容が難解なので、わかりやすく解説していこう。

1185年、後白河法皇(当時の朝廷の最大実力者)は、平氏を滅ぼした源頼朝の力が大きくなるのを嫌い、頼朝と対立を始めた弟の義経に命じて、「頼朝追討」の院宣(法皇の命令)を出した。兄弟で戦わせて、武士の力を削ごうとしたのだろう。だが、義経のもとには兵が集まらず、兄にかなわないとみた義経は姿をくらましてしまった。一方、後白河法皇のやり方に怒った頼朝は京都へ軍勢を送り、朝廷にせまって、自分の家臣(御家人)を役人(守護や地頭)として全国に配置させたり、税(兵糧米)を集めることを認めさせたり、朝廷の地方役人(在庁官人)を支配する権利を獲得した。これにより、東国の頼朝の勢力が西国まで一気に伸びた。名実ともに、日本の支配権を得たこの1185年をもって、武家政権=鎌倉幕府の成立と考えるわけである。つまり最近の語呂合わせは、「イイハコ(1185)つくろう鎌倉幕府」というわけだ。

もちろん、すべての歴史教科書にそう書かれているわけではないが、近年、1185年説を採用している教科書が増えつつあるのは事実だ。

ただし、この説は有力ではあるものの、中世史の研究者のあいだでは、まだ定説にはなっていない。そもそも、何をもって武家政権=鎌倉幕府の成立と考えるかは、見解の一致が得られていないのが現状なのだ。

たとえば、1185年説や1192年説のほかに、頼朝が鎌倉を政権の拠点にした1180年説、頼朝が朝廷から東国の支配権を得た1183年説、頼朝が公文所(政所)と問注所を設け、武家政権の組織を整えた1184年説、頼朝が右近衛大将に任命された1190年説など、学者によって主張はバラバラ。さらに付け加えるならば、実は研究者たちは幕府の成立年にはそれほどこだわっていない……。12世紀末に鎌倉幕府が成立したという事実があれば良しとするのが大勢なのである。

でもそうなると、大学や高校の入試で鎌倉幕府の成立年を問われたら、困るではないか――でも大丈夫。定説がはっきりしない箇所について、入試で問われることはないのだ。そもそも近年は、年号自体を問う入試問題は、ほとんど出題されない。たとえば大学入試センター試験では、年号問題が出題されたことはないし、来年(2021)から始まる「大学入学共通テスト」にも出題されないと思われる。いまの歴史教育は、その出来事や事件の背景、歴史的な意義や特色、前後の流れを理解することが重視されていて、年号をまる暗記する歴史学習自体がもはや時代遅れなのだ。そういった意味でも、過去に学んだ歴史認識は、もう古くなっているのである。

河合 敦〈かわい あつし〉
歴史作家・歴史研究家。1965年東京都生まれ。
早稲田大学大学院卒業後、日本史講師として教鞭を執るかたわら、多数の歴史書を執筆。
テレビ番組「世界一受けたい授業」のスペシャル講師として人気を博す。
主な著書に『目からウロコの日本史』『世界一受けたい日本史の授業』『逆転した日本史』など。多摩大学客員教授。

(ノジュール2020年10月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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