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東西高低差を歩く関西編 第15回

地形に着目すれば、町の知られざるすがたや物語が見えてくる。
第15回は、福知山。この城下町の物語に欠かせない人物が明智光秀である。
はたして、福知山の都市としての姿とどのように関わっているのだろうか。

福知山

「神」になった明智光秀


イラスト:牧野伊三夫

反逆者が神になった土地がある。福知山市(京都府)のことだ。このまちの「明智光秀」信仰は独特なものがある。

市内中心部には光秀が神格化された御霊(ごりょう)神社が大きく鎮座し、さらに「明智光秀丹波をひろめ ひろめ丹波の福知山」と歌われる福知山音頭も名物だ。一般的な光秀のイメージは、本能寺の変で主君織田信長を殺害した反逆者だが、福知山では英雄扱いともいえる存在感である。

しかし光秀と福知山について、直接の関係を物語る史料は意外と乏しい。近年の発掘調査によって、古式の特徴を示す福知山城の天守台の一部は、光秀期までさかのぼる可能性が出てきた。しかし城の大部分は残念ながら、光秀期(1580年頃)よりも時期が降る江戸時代前期(1600年以降)の建設と考えられる。

また福知山城下町も、寺院が集められた「寺町」の存在や、町人町・武家町などの身分単位で設定された居住区といった特徴は、光秀期よりも後の時代に全国に広がった都市計画の反映と見てよい。

つまり福知山城の大部分と、現在の福知山市に直接つながる都市計画やまちなみは、光秀ではなく彼の死後に福知山に入った大名たちの仕事と判断してよさそうなのだ。

それでは、この土地の明智光秀信仰とは、いつ、どのようにして始まったものなのだろうか。そこにはおそらく、福知山の歴史的性格、すなわち「近世城下町」のニュータウン性が関わっている。

福知山はそもそも、多数の人間の居住にはふさわしくない。なぜならこの土地は、河川(由良〈ゆら〉川水系)の集水域として典型的な堆積盆地(たいせきぼんち)が発達しながら、周辺から水流と土砂が押し寄せる水害多発地域でもあるからだ。過去に福知山周辺を襲った大洪水は数知れない。

ただし反面で、集水域かつ堆積盆地という環境は、水運を活用した流通網の整備や、盆地の平坦面に大規模な市街地を建設しやすい特性をもつ。巨大な土木事業によって自然環境を改造すれば、災害リスクの高さはむしろ地域発展にとってメリットにすらなりうる。

ここに着目したのが、織田信長から豊臣秀吉・徳川家康に至る時期の近世大名だった。彼らはそれ以前に栄えた中世都市を離れて、新たな時代の「近世城郭」と「近世城下町」を、新たな土地で建設した。安土、大坂、伏見、江戸、名古屋など、全国各地で「ニュータウン」が一斉に開発された時代が近世だったのだ。結果、各都市は「自然の超克」がテーマであるかのように、水域の埋立てや河川付け替えなど、自然環境の改造が進んでいった。

見方を変えると、近世城下町には「始点」があるということだ。特定の時期に、特定の大名が指揮を執ったニュータウン建設が近世城下町の一大特徴なのだ。かくして各地の城下町には、大名が「始祖神」として神格化されていく。熊本の加藤清正、金沢の前田利家など、思い浮かぶ例もあるだろう。

ここで福知山の明智光秀信仰を考えてみよう。明智光秀を祭神とする「御霊神社」が、城下町に勧請された1705(宝永2)年。この時期がまず興味深い。福知山の城下町には、河川堤防の建設や防火帯(広小路)の設置など、災害インフラの整備が江戸時代前期後半から進んだ。これらの事業が一段落した江戸時代中期初頭(1700年頃)こそが、明智光秀信仰の成立と一致するのだ。

都市の環境整備が進み、住民に「福知山人」というアイデンティティが醸成された頃、住民たちは自分たちの世界の「始点」として「誰」を思い浮かべたのだろうか。どうやらここにおいて、明智光秀という歴史上の人物が改めて脚光を浴びたらしい。

光秀本人の福知山への関わりは、おそらく福知山城の一部建設にとどまるものだろう。まちづくりまで光秀の仕事は及んでいないはずだ。しかし近世福知山の住民意識のなかで、明智光秀とは彼らの世界の第一歩を印した「始点」だった。これには当時人気の『太閤記』の影響もあったのだろうか。光秀の神格化が、恨みを残して死んでいった「御霊」(怨霊)扱いで果たされたことも妙に面白い。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。NHKのテレビ番組「ブラタモリ」では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2021年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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