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河合 敦の日本史の新常識 第5回

ノジュール読者世代が「歴史」を教科書で学んだ時代から、はや数十年。
じつは歴史の教科書は、新事実や新解釈をもとに定期的に改訂されていて、むかし覚えた常識が、いまや非常識になっていることも少なくありません。
〝新しい日本史〟の〝新しい常識〟について、歴史家・河合敦さんが解説します。

仁徳天皇陵か大仙陵古墳か?

はっきりしない名称のナゾ


イラスト: 太田大輔

令和元年(2019)に49基の古墳が「百舌鳥〈もず〉・古市〈ふるいち〉古墳群-古代日本の墳墓群-」(大阪府)として世界遺産に登録された。このうち最大の規模をもつのが仁にんとく徳天皇陵(堺市)である。仁徳天皇は、善政を敷いたので「聖帝」と呼ばれ、記紀には「家々から炊煙が立ちのぼらないのを見て人々の困窮に気づき、3年間、税を免除した」という話が載っている。

天皇陵の丘の長さは約486m、濠を含めると全長は約840mにもなる。大林組プロジェクトチームの試算(『季刊大林No.20』)によれば、一日最大2000人が作業したとしても15年8ヵ月を要し、総工費は796億円(1985年当時)にのぼるという。

最近では、「御朱印」「御城印」ブームに続き、陵墓(天皇や皇后など皇族の墓)を参拝した証となる「御陵印」が密かに人気を集めているそうだが、私もさっそく現地を訪れてみた。仁徳天皇陵は、歩いて1周すると約1時間かかるので、駅前にある観光案内所で自転車を借りた。森と広大な水濠を眺めながらのサイクリングは快適だったが、鍵穴型の前方後円墳のイメージはまったくない。悪い言い方をすれば、野山を散策するのと変わりがなかった。このため、堺市では今夏を目途に、気球から古墳群を見学できるサービスを企画中だそうだ。

ところで、「仁徳天皇陵古墳」という名称で世界遺産に登録されたこの古墳は、近年の日本史教科書では、「大仙〈だいせん〉陵古墳(伝仁徳陵)」と記すのが一般的になっている。というのも、仁徳天皇の生没年がはっきりしておらず(4世紀末没という見解が多い)、被葬者の証明ができないので、学会では古墳を陵墓一帯の地名(大仙)で呼んでおり、その慣行が教科書に反映されたのである。

じつは現在、「陵墓」とされている古墳の大半は、江戸時代から明治時代にかけて被葬者を認定したもので、仁徳天皇陵も元禄時代に朝廷が公式に認定した。実際の埋葬時期を考えると1000年以上も経っているわけだから、陵墓には疑問符がつくものが少なくないのだ。しかも古墳を管理する宮内庁は、これまで研究者の陵墓内への立ち入り調査を一切許してこなかった。その理由は、陵墓は単なる文化財ではなく、いまも皇室の祭祀が継続しており、「御霊〈みたま〉の安寧と静謐を守る」必要があるからだとする。理解できないこともないが、これにより、陵墓研究は進展してこなかったわけだ。

そこで民間の研究者たちは、古代史解明のため、陵墓の公開や学術調査の許可を宮内庁に要求し続けてきた。その結果、ようやく十数年前から、限定的ながら自治体や研究者の立ち入り調査を認めはじめたのである。

そして2018年10月、ひとつの重大発表があった。仁徳天皇陵の発掘調査を、宮内庁が大阪府堺市との共同プロジェクトで実施するというのだ。自治体とはいえ、宮内庁が外部機関を受け入れて仁徳天皇陵の調査をするのは初めて。古墳保護を目的とした基礎調査だが、古代史ファンは色めき立った。発掘の報告書によると、濠と濠の間にある堤の平坦部分を3ヵ所発掘。その結果、堤の表面には小さな石が敷き詰められていた。傾斜部ではなく、堤の平坦部に石を敷き詰めるのは非常に珍しいそうで、さらには直径35cmの円筒埴輪がずらっと並んでいることも判明した。その埴輪を分析したところ、5世紀前半から半ばの特徴を備えており、仁徳天皇の崩御(4世紀末)と数十年のズレが生まれ、別人が葬られている可能性が出てきたのだ。

ただ、ここでひとつ、皆さんが驚く話をしたい。実は、仁徳天皇陵には少なくとも2人の人物が埋葬されている。古記録から、陵墓の前方部と後円部に、それぞれ石室(遺体を安置する空間)があることがわかっているのだ。おそらく2人の被葬者は、親族(兄弟の可能性が高い)と思われるが、埋葬されているのは(2人ではなく)3人だ、と主張する学者さえいる。

いずれにせよ、本当に仁徳天皇がこの地に埋葬されているかどうかが怪しいうえ、たとえ葬られていたとしても、前後どちらの石室に眠っているかわからないのである。

今年秋には、再び仁徳天皇陵を発掘する予定だという。今後の発掘調査や研究の進展によっては、さらに驚きの事実が明らかになるかもしれない。

河合 敦〈かわい あつし〉
歴史作家・歴史研究家。1965年東京都生まれ。
早稲田大学大学院卒業後、日本史講師として教鞭を執るかたわら、多数の歴史書を執筆。
テレビ番組「世界一受けたい授業」のスペシャル講師として人気を博す。
主な著書に『目からウロコの日本史』『世界一受けたい日本史の授業』『逆転した日本史』など。多摩大学客員教授。

(ノジュール2021年2月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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