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東西高低差を歩く関西編 第17回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

豊臣秀吉の巨大「地形改造」事業

巨椋池〈おぐらいけ〉


イラスト:牧野伊三夫

かつて京都盆地の南部にあった、「巨椋池」をご存じだろうか。戦前の干拓工事で消える前は京都府内最大の湖(約8㎢)で、今の京都市・宇治市・久御山〈くみやま〉町にまたがっていた。おおよそ、箱根の芦ノ湖(神奈川県)を一回り大きくした規模をイメージするとよいだろう。

なぜ、この場所に巨椋池は誕生したのだろうか。1995年の阪神淡路大震災の後、日本全国で活断層調査が進んだ。その結果、各地で断層が新たに発見されたが、ここでポイントは1998年度調査で発見された「宇治川断層」である。

この宇治川断層の注目点は、地下に眠る上下約200mの地面のズレ、すなわち断層崖が見つかったことだ。京都盆地全体の地形環境を大きく俯瞰すると、この宇治川断層を境に、京都盆地は隆起した北部(京都市)と沈降した南部(宇治市、久御山町)に分かれていて、なかでも南部の沈降域には、幅約10㎞におよぶ「すり鉢」状の凹地が横たわっていることが判明したのだ。

さらにこの巨大な凹地には、京都盆地一帯の河川が続々と流れ込んでいき、西日本最大級の集水域が生まれることになった。これが巨椋池である。したがって、京都を代表する桂川、木津川、宇治川といった大河川は、かつてはいったん巨椋池に流れ込んでから、その後に一本の川筋(淀川)となり瀬戸内海方面へと流れ落ちていたのである。

このようにして生まれた巨椋池という集水域を人びとが見逃すはずはなく、水上交通が卓越していた前近代には、「宇治」や「淀」など、本来は内陸都市である京都を補完する港湾都市が、巨椋池の周辺に次々と成立していった。

そしてここに目を付けた人物が、豊臣秀吉である。秀吉は晩年、みずからの主たる居城を京都の中心部(聚楽第)から、南部の伏見城へと移した。さらに伏見城のすぐ隣に「大名屋敷町」を設置し、日本列島津々浦々の大名たちをそこに集めて居住させた。政権の意思決定がなされる拠点を「首都」とするならば、政権の主宰者秀吉に加えて、全国から大名が集められた大名屋敷町の設置にこそ、伏見城・城下町を豊臣政権の首都と認めてよい条件となるだろう。

さらにもうひとつ、首都の条件が「センター」としての役割である。首都に向かっては、地方各地から多種多様な人・物・カネ・情報が集められ(中心地機能)、そのうえで改めて各地に分配されていく(再分配機能)。

秀吉を頂点とした豊臣政権は、史上かつてないスケールで日本列島全体を支配下に置いた。そのうえで、秀吉は伏見城一帯を、有形無形の資源が集められ、再分配される、全国規模のセンターに設定して、巨椋池が位置する集水域を政権首都の港湾機能として再開発したのだ。

ここで秀吉は、とりわけ宇治川を重視した。もともと宇治川は、現在の平等院(宇治市)のすぐ下流で巨椋池に合流していたと推定されている。これに対して秀吉は、なんと宇治川を巨椋池から切り離して、伏見城に近接する現位置に付け替えて、伏見城・城下町の港湾機能を担わせたのである。この壮大な土木事業によって、伏見城・城下町は意思決定機能に加えて、センター機能をも追加されて、名実ともに豊臣政権の首都になったといってよい。

一方、この伏見城・城下町建設にともなう巨椋池一帯の再開発事業を、労役の当事者として、さらには住民のひとりとして注視しただろう人びとが、伏見城下の大名屋敷町に集められた大名たちである。彼らは豊臣政権のもとで目の当たりにした地形改造事業を、お膝元の領国へと持ち帰り、新たな城郭と城下町建設に活かしていったと考えられる。今でも全国の主要都市は、秀吉以降に新たに建設された城下町に由来して、なおかつ集水域に立地する例が多い。川を付け替え、あるいは川を新たに掘り、水面を埋立て、各大名単位のセンター建設が推進されたのだろう。これも秀吉の遺産かもしれない。日本社会の都市建設構想にとって、京都南部の巨椋池をひとつのルーツと考えても面白い。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。NHKのテレビ番組「ブラタモリ」では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2021年3月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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