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伝教大師1200年大遠忌

最澄の比叡山を歩く

文=薄雲鈴代 写真=堀出恒夫、ウエスト・パブリッシング 写真提供=比叡山延暦寺

比叡山に延暦寺を開き、ニッポンに大乗仏教の礎を築いた最澄が遷化して、今年で1200年目。
彼の地では、戒壇院の初公開や国宝殿での記念展など、さまざまな行事が予定されています。
いま改めて、伝教大師・最澄の足跡を辿りながら、比叡山を歩きます。


写真:高野晃輔

京と近江の間に聳える
霊峰比叡山
標高848m、古くは淡海の日枝〈ひえ〉の山として『古事記』に登場する、山岳修行の場であった。「比叡山に登って来られた方がよく、延暦寺はどこですか、と尋ねられますが、このお山の全体が延暦寺なんですよ」と、延暦寺の小林福一さんの案内で山内をめぐった。

最澄が比叡山に上り、延暦7年(788)に建てた最初の仏堂一乗止観院〈いちじょうしかんいん〉が、現在の根本中堂〈こんぽんちゅうどう〉にあたる。厳かな雰囲気につつまれた堂内は、外陣〈げじん〉・中陣・内陣の3つの構造になっている。「伝教大師が、最初にお築きになった一乗止観院は3つの小堂でした。仁和3年(887)の大改修で9間4面の大きなお堂に覆われました。その後戦国時代には、織田信長の焼き討ちに遭い、現在の建物は、寛永19年(1642)に徳川三代将軍家光によって再建されました。銅板葺の屋根に桁行〈けたゆき〉(正面36・7m)、梁間〈はりま〉(奥行23・9m)、棟高(高さ24・3m)の一重入母屋〈いりもや〉造づくりと長大で、比叡山内はもとより、滋賀県で最大のお堂です」

内陣の大厨子には最澄が一刀三礼して刻んだ秘仏・薬師如来が祀られ、仏前には最澄が灯して以来1200年間絶えることのない「不滅の法灯」が、3基の灯籠に輝いている。

屋根の葺替えを間近に
今しか見られない改修内部
中陣から内陣を拝むとき、内陣の地面がかなり低いことに気づく。「内陣は3m掘り下げ、石畳が敷かれています。通常なら仏様は高いところにあって見上げる格好ですが、延暦寺では、参拝者が中陣に座ると、須弥壇に祀られた仏様と同じ高さになっています。これも伝教大師の教えの表れです」

中陣の天井を見上げると、格式ある格天井〈ごうてんじょう〉に草花の画が200枚描かれている。全国の大名がお供えの花として奉納したもので、江戸時代にはまだ珍しかった南瓜の画も見られる。「現在、昭和の大改修以来60年ぶりに、屋根の葺替え、蟇股〈かえるまた〉や花天井の装飾修理彩色が行われている最中です。令和7年までかかりますが、工事中も参拝はでき、屋根の上に組まれた修学ステージから改修の様子も見学できます。珍しい光景に立ち会える機会ですよ」

(ノジュール2021年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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