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河合 敦の日本史の新常識 第14回

ノジュール読者世代が「歴史」を教科書で学んだ時代から、はや数十年。
じつは歴史の教科書は、新事実や新解釈をもとに定期的に改訂されていて、むかし覚えた常識が、いまや非常識になっていることも少なくありません。
〝新しい日本史〟の〝新しい常識〟について、歴史家・河合敦さんが解説します。

徹底されなかった秀吉の刀狩

武器を没収したのは戦後のGHQ


イラスト:太田大輔

豊富秀吉が農民から刀や鉄砲など武器を取り上げた政策を刀狩と呼ぶ。この政策に関して33年前の教科書では、「秀吉は一揆を防止し、農民を耕作に専念させるため、1588(天正16)年刀狩令をだし、彼らの所有する武器を没収した」(『新詳説日本史』山川出版社 1988年)と記されている。では、現代の同じ山川出版社の教科書を見てみよう。「秀吉は一揆を防止し、農民を農業に専念させるため、1588(天正16)年刀狩令をだし、農民の武器を没収した」(『詳説日本史B』山川出版社2018年)。

そう、ほとんど文言が変わっていないことがわかる。だが、学界では刀狩の研究が進み、驚く変化が生じている。今回は、教科書にまだ載らない新説を紹介しよう。

藤木久志氏は『刀狩り―武器を封印した民衆―』(岩波新書)のなかで、刀狩は秀吉の役人が直接村に行って武器を取り上げたわけではなく、農民たちにその仕事を一任したので徹底されず、以降も多くの農民が刀や鉄砲を所持していたと論じる。さらに刀狩の目的も教科書に載る「農民の一揆を防止し、農業に専念させるため」ではないとする。

秀吉は、「村に多くの武器があることを認めながら、村と百姓が武装権(帯刀と人を殺す権利)の行使を封印することを求めた。帯刀(携帯)権を原則として武士だけに限り、百姓・町人には脇差の携帯だけを認めた。刀を除く武器も、その使用は凍結された。しかし、村と百姓が完全に武装解除されたわけでも、文字通り素肌・丸腰にされたわけでもなかった」、「村に多くの武器があることを前提に」「百姓は手元にある武器の使用を抑制し凍結しよう、そう社会に提案する法であった」というのだ。

農民たちがこの提案を受け入れたのは、長い戦国時代の悲惨な状況を経て、あえて武器の使用を自己規制したというのだ。

では、武器を持ったまま江戸時代を迎えた農民たちはどうなったのか。

それに関して、武井弘一氏は『鉄砲を手放さなかった百姓たち…刀狩りから幕末まで』(朝日新聞出版)で、関東を中心に農民の鉄砲所持について詳しく論じている。

武井氏によれば、4代将軍徳川家綱の時代に猟師以外の者が鉄砲を所持することを禁止したものの、害獣対策ということであれば、農民が鉄砲を所持することが認められたという。ただ、生類憐みの令の影響で5代綱吉のときには厳しくなり、綱吉の死後、6代家宣・7代家継のときにいったん緩まるが、8代吉宗のとき再び鉄砲の所持が厳しく制限されることになった。鷹狩を好む将軍吉宗が、農民が鉄砲で小鳥を撃ち獲物が少なくなるのを嫌い、その所持を厳しくしたのである。その後、鉄砲の所持制限は次第に緩まるが、天保年間に関東の農村に博打打ちなどが増加して治安が乱れてくると、そうした者たちが所持する鉄砲が問題視され、再び取り締まりが強化された。

明治時代になっても、害獣対策や狩猟に用いる火縄銃は、役所に届け出れば所持を認められた。また、政府は廃刀令をだすが、「腰に刀を差さず、包んで持って歩けば、罪にならなかった。ほかの武器も規制の対象にさえならなかった。(略)鉄砲と刀は、(略)免許を受ければ、自由に使うことができ、没収されることはなかった」(『刀狩り―武器を封印した民衆―』)のである。

では、現在のように武器を携帯しない日本人というのは、いつからなのか。藤木氏も武井氏も、太平洋戦争後にGHQが日本刀や鉄砲など武器の破棄を命じたときだという。この武装解除は徹底しており、警察が中心になり、ときには戸別に武器の接収も実行され、膨大な数の武器が取り上げられた。

だが、それでも日本人がすべての武器を提供したわけではなかった。おそらく現在も、登録がされぬまま蔵で眠る武器は少なくないと思う。

さらにいえば、登録すれば美術品や骨董品として日本刀を所持することは許されている。なんと登録済の日本刀は、約245万本に達する。

同じく登録さえすれば、ライフル銃や散弾銃などを所持することも困難ではない。ちなみに散弾銃だけで全国に30万挺以上も存在するそうだ。これに美術品や骨董品、さらには不法に所持しているものを加えたら、いったいどれだけになるのだろう。

そういった意味では、刀狩によって農民が武装解除され、明治時代の廃刀令によって日本社会から銃や刀が消えたというのは、大いなる幻想なのである。

河合 敦〈かわい あつし〉
歴史作家・歴史研究家。1965年東京都生まれ。
早稲田大学大学院卒業後、日本史講師として教鞭を執るかたわら、多数の歴史書を執筆。
テレビ番組「世界一受けたい授業」のスペシャル講師として人気を博す。
主な著書に『教科書に載せたい日本史、載らない日本史〜新たな通説、知られざる偉人、不都合な歴史〜』(扶桑社新書)、『絵画と写真で掘り起こす「オトナの日本史講座」』(祥伝社)など。
多摩大学客員教授。

(ノジュール2021年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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