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水と歴史に育まれた

信州・諏訪の酒を味わう

文=ささきゆり(スケープス) 写真=入江啓祐

氷結した諏訪湖の湖面に「御神渡〈おみわた〉り」が現れる厳冬期、地元の酒蔵は新酒の出荷の最盛期を迎えます。
しぼりたての生酒は、弾けるようにフレッシュ。
諏訪の酒蔵でできたてを味わう〝ほろ酔いの旅〟をご案内しましょう。

諏訪大社の神宝を戴〈いただ〉く
酒を醸〈かも〉す

長野県では最大の諏訪湖。人々は湖を囲むように暮らしを紡いできた。そして、諏訪大社の上社と下社が鎮座する諏訪市、下諏訪町、茅野市には国生み神話の時代から神々が住み、神事の酒造りが営まれてきた。諏訪市を横切る甲州街道沿いには約500mの間に5蔵が並び、「諏訪五蔵」の名で、酒蔵めぐりの旅を提案している。できたての酒を試飲できるこの時期は、端から端まで5分で歩ける諏訪五蔵を訪れる絶好のチャンス。酒蔵めぐりは、諏訪大社上社本宮の神宝「真澄〈ますみ〉の鏡」を酒名に戴く宮坂醸造の「真澄」の試飲からスタートした。

ところで、酒造りには水と米が欠かせない。酒は水が違うと同じ米を使っても味わいが変わる。国内のほとんどの酒蔵は隣接する蔵がなく独特の酒を醸せるが、同じ霧ヶ峰の伏流水を使っている諏訪五蔵ではそうもいかず、競って個性豊かな酒造りに挑んできた。

個性の決め手のひとつは酵母。宮坂醸造では、昭和21年(1946)にバナナやリンゴを彷彿〈ほうふつ〉とさせる香りをつくり出す新種の酵母が発見された。通称・真澄酵母と呼ばれるこの酵母は、きょうかい酵母7号として全国の酒蔵で使われるようになり、日本酒の進化に貢献している。

令和元年(2019)からこの7号酵母へと原点回帰した真澄を、蔵元ショップ・セラ真澄の試飲コーナーでいただいた。香り高い水を飲んでいるような感覚で、スーッと喉をすぎていく。取材後に地元の焼き鳥店でもいただき、気がつくと酒豪でもないのに4合瓶が空になっていた。もう二日酔いまちがいなし……。ところが、目覚めるとスッキリさわやか。上質な酒のすごさを思い知った。

セラ真澄の広々とした店内には、日本酒の試飲・販売コーナーのほかに、陶芸家による器、わかさぎの唐揚げなどの特産品コーナーもあり、酒を楽しむ脇役が顔をそろえている。「日本人の食卓にゆったりとくつろげる食事の場を取り戻したい」との思いから、宮坂直孝社長の肝いりでつくった店だ。店内に並ぶ真澄は、現代のライフスタイルや食卓にも合うモダンなデザインが印象的。リブランディングは宮坂社長の長男、宮坂勝彦さんによるものだという。父から子へと受け継がれる酒造りは、こうして脈々と続いていくのだろう。

(ノジュール2022年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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