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里人が守り継ぐ「ウチの観音さん」
琵琶湖北東部の観音の里へ
文=笹沢隆徳 写真=桂伸也 写真提供=向源寺、高月観音の里歴史民俗資料館、長浜城歴史博物館、長浜市、土屋明
琵琶湖北東部、長浜市と米原市からなる湖北地方は、地域の人たちによって守り継がれてきた多くの仏像がある「観音の里」として知られます。
奈良や京都で見られるようなスター仏像は少ないけれど、人々が「ウチの観音さん」と慈しんできた、数々の素朴な仏像に出会えます。
「観音の里」を代表する
美しき十一面観音JR高月駅から10分ほど歩くと、渡岸寺観音堂〈どうがんじかんのんどう〉の仁王門にたどりつく。130体以上の仏像があり、「観音の里」と呼ばれる湖北で、屈指の美しさで名高い仏像が、ここに安置された向源寺〈こうげんじ〉の国宝の本尊・十一面観音立像だ。一般的には「渡岸寺観音堂(向源寺)」という表記がなされ、少々紛らわしい。向源寺は戦国時代に浄土真宗に改宗したが、浄土真宗では本殿に阿弥陀仏以外を安置することが許されず、近くの飛び地境内に観音堂を建てて本尊を安置することにした。渡岸寺とは寺名ではなく、集落の名前なのである。現在、十一面観音はこの観音堂で、地域の人々からなる渡岸寺観音堂国宝維持保存協賛会によって管理されている。
観音堂横の収蔵庫内に入ると、むき出しで置かれた観音像に驚く。全国で国宝に指定されている十一面観音像は17体だが、向源寺の像は、その中で一番美しいと言う人も多い、気品あふれる姿。妖艶とさえ思える。そのような仏像がガラス越しではなく、手を伸ばせば触れられそうな場所に立つのだ。のみならず、像の背後から、なまめかしい後ろ姿も拝むことができる。
「やや前に踏み出した右足と天衣の裾に注目してください」と言うのは、松室慈慧〈まつむろじえ〉住職。「多くの十一面観音像は裾が真っすぐですが、この像の裾は風になびくように曲がっているでしょう。観音様は救済の仏様ですから、まさに今、こちらへ歩み寄ってくださっている瞬間の姿なんです。そうした部分に、仏像を作った人の心が表れているんですね」。日本一と絶賛する人が多いというのも、うなずけるお姿である。