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東西高低差を歩く関西編 第31回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

大阪・島町通

中世と近世をつなぐ
秀吉のヴィスタ


イラスト:牧野伊三夫

現代日本の主要都市は、大半が豊臣秀吉の時代以降に成立した近世城下町に由来している。たとえば都道府県庁の所在地のうち、近世城下町は36都市で全体の約8割(77.6%)を占めているほどだ。では果たして、近世城下町の元祖はどこか。

近世城下町の創始者として、安土城などの近世城郭を発明した織田信長をまずは考えたいところだが、信長は都市計画については意外と淡泊であり、都市建設者としての性格は秀吉に帰して考えてよい。

そこで大坂(現代の大阪)である。大坂こそは、秀吉が織田政権から自立して覇権を確立する際にまず建設した城と城下町そのものである。秀吉がどのように大坂城下町を建設していったか、これこそが近世城下町の成立過程を知りうるものであり、現代日本のルーツをも考えうるテーマだろう。近年の調査から明らかになりつつある知見をもとに解説してみよう。

大坂城・城下町は、大阪平野に横たわる上町台地の北端部を造成して建設された。その際に特徴的なのは、市街地を一から作り上げたのではなく、大川〈おおかわ〉(旧淀川)沿岸にすでに存在した中世港湾都市「渡辺津〈わたなべのつ〉」を吸収・併合することで成立したことだった。

渡辺津とは関西の幹線水路である淀川の河口に位置して、大坂と京都を結ぶ枢要であり、瀬戸内海交通のターミナルでもあった。さらに渡辺津からは陸上交通も発達していて、古代末期から盛んになった熊野詣の交通拠点ともなっていた。また同時に、この場所は中世武士団「渡辺党」の根拠地としても知られている。

渡辺津は、現在の大川に架かる天神橋周辺にかつて存在した自然堤防と後背湿地からなる入江状の地形と考えられているが、秀吉の大坂城下町は渡辺津という中世都市の繁栄を継承し、吸収することにひとつのテーマが置かれていたようだ。 注目は、渡辺津と大坂城を結ぶように引かれた直線道路「島町〈しままち〉通」である。発掘調査から、この島町通を軸に大坂城下町の初期プランが計画されたことがわかってきた。現在も島町通に併走する道路群と、周辺の長方形の都市計画プランは、秀吉が天下人へと突き進む過程で最初に建設した都市ブロックのなごりなのだ。

大きく見ると島町通を軸とした都市計画は、中世都市(渡辺津)の繁栄を、新たに発生した近世権力(秀吉)が吸収・併合しようとしたものだろう。まるで軟体動物が触手を伸ばして獲物を捕らえるように、大坂城の秀吉が渡辺津に向けて延ばしていった道路が島町通なのである。これを近世権力による中世都市の簒奪〈さんだつ〉という辛辣な評価もできるだろうし、あるいはもっと単純に秀吉は未だ都市を一から建設する力は持ち得なかったからだと考えることも可能である。

ただし秀吉という都市建設者ならではの仕事は、この独特の性格を備えた島町通を、新たに築いた大坂城のシンボルタワー「天守」に向かってまっすぐに延ばしたことである。視線の先にランドマークを設定する都市計画をヴィスタ(見通し)というが、秀吉は新都市を建設する際に中世都市(渡辺津)から近世都市(大坂)をつなぐヴィスタを島町通から大坂城天守に向けて設定し、旧都市と新都市の統合が果たされる物心両面の効果をおそらく意図したのだ。

中世都市渡辺津を近世都市大坂に吸収する際、そこには住民に対して多分に暴力的な強制がはたらいたと考えられるが、一方で秀吉はシンボリックな効果を生む政策を新都市建設に向けて実行していた。それが島町通であり、大坂城天守なのだ。それらは単なる道路ではなく、城郭施設でもない。それらはまさしく秀吉という日本史上の変革者が用意した、中世と近世の新旧両時代を結び、つなぎ、統合する都市装置だったのである。

現代大阪を訪れる際、ぜひ島町通を東へと歩いてほしい。歩く者の視線の先に、大坂城天守(大阪城天守閣)がそびえ立っているはずだ。秀吉が用意したヴィスタは現代大阪においても生きている。そして今もこれを見る者の心に、去来する感慨こそ歴史のなせる技なのだろう。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2022年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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