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〝草木の精〞牧野青年を育んだ文教の町

佐川町〈さかわちょう〉

文=笹沢隆徳(エイジャ) 写真=中田浩資

牧野富太郎博士の生誕地は、〝南国土佐〟の高知県。
誕生から22歳まで過ごした佐川〈さかわ〉町と、高知県にある博士の名を冠した高知県立牧野植物園の、2つのゆかりの地を訪ねました。

藩政時代の名残を伝える
老舗蔵元の土蔵並ぶ町並み
江戸時代、土佐藩主山内家の筆頭家老・深尾家の城下町として栄えた佐川町。牧野富太郎はこの町で幕末に生まれた。約2ヵ月前に坂本龍馬が脱藩したという、そんな時代である。

JR佐川駅から5分も歩けば、町の中心部の上町地区。「酒蔵の道」と呼ばれる東西約200mの通りが延び、土佐が誇る銘酒・司牡丹〈つかさぼたん〉で知られる司牡丹酒造の白壁土蔵が両側に立ち並ぶ。佐川では深尾家の入国とともに酒造りが始まり、慶長8年(1603)創業の司牡丹酒造は高知県最古の老舗企業。酒蔵の道には、昔は酒蔵だった江戸時代の建物がほかにも残り、蔵元の敷地内を歩いている錯覚に陥る。司牡丹酒造の直営店・ギャラリーほていでは牧野にちなんだ酒もあり、土産にはぴったりだ。

牧野の家も「岸屋」の屋号を持つ造り酒屋で、生家は酒蔵の道の西端にあった。藩の御用も務め、名字帯刀も許された豪商だったというから、一人息子の牧野は相当なお坊ちゃんである。常に上等の着物を身に付け、新品の雪駄の音を立てながら歩いた青年時代の牧野は、眉目秀麗なだけに、町の若い女性の関心を集めたとか。酒蔵の道も幾度となく往来したことだろう。

(ノジュール2022年6月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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