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東西高低差を歩く関西編 第35回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

大文字の送り火~

伝統行事の地形発達


イラスト:牧野伊三夫

五山送り火とは、死者供養のためにお盆の8月16日夜、京都盆地を囲む山々の斜面に灯火が焚かれる伝統行事である。巨大な文字・記号が五ヶ所の山々に輝く様子は壮観で、しかもこの日を過ぎると行きつけの銭湯の水風呂が心なしか冷たく感じられるような、文字どおりに季節の風物詩となっている。

しかし高い知名度に反して、この行事の始まりは定かではない。限られた史料から察すると、開始時期はさかのぼっても17世紀前半だろうか。京都を代表する伝統行事として知られるが、その来歴を物語る史料は驚くほど少ないのだ。

一方で、来歴が判明しているものはある。それは送り火の舞台、すなわち巨大な文字や記号が焚かれる火床の地形発達だ。なかでも全国的に有名な「大文字」の火床こそ、地学的特徴がユニークなのである。

東山〈ひがしやま〉連峰の一角、大文字山の西斜面を火床とする「大文字」だが、特徴とはいったい何だろうか。そのひとつは火床の位置が、京都市内から見ると鬼の角のように突出して目立つこと。そしてもうひとつは火床の置かれた斜面が、まるで垂直に立ち上がる三角形の平坦面のように見えること。この2点を特徴として挙げられる。ここでひとつずつ考えていこう。

実は大文字山は、未だ恐竜が全盛期だった約9500万年前(白亜紀後期)のマグマ活動に由来している。その時代、まだ日本海が存在せず、後に日本列島となる地盤は大陸縁辺の一部を構成していた。大陸と海洋の境界部にはプレート同士の関係によって高熱のマグマが発生しやすく、巨大なマグマ溜まりが地下で形成される。さらにマグマは地中で1000度以上であり、周囲をその高熱で変形させていく作用をもつ(熱接触変成作用)。マグマ溜まりに隣接する泥岩や砂岩などの地質は、この作用によってホルンフェルスという硬質な変成岩に生まれ変わっていった。一方でマグマ溜まりそのものは、地中でゆっくりと冷えていき、花崗岩〈かこうがん〉という比較的軟らかい深成岩に変化していく。

京都市内から見ると、大文字山と左右対称の位置関係で比叡山〈ひえいざん〉がそびえるすがたが印象的だろう。そして大文字山と比叡山のあいだに、大きな凹地〈くぼち〉が横たわる様子もわかるはずだ。このうち、大文字山と比叡山がマグマの熱接触変成作用によって誕生したホルンフェルス、そして両者のあいだの凹地がマグマ由来の花崗岩に相当する。花崗岩はホルンフェルスに比べてはるかに軟らかいため、後世の風化・削剥〈さくはく〉によって元の位置から流出していった。結果、凹地をはさんで一対の鬼の角のように大文字山と比叡山がそびえ立つ風景が生まれたのだ。

さらに2点目の特徴、送り火の火床が置かれた大文字山西斜面の三角形の平坦面だが、これが実は断層運動によって生まれた巨大な地すべり地形によるものらしい。大文字山の山裾には鹿ケ谷〈ししがたに〉断層が延びているが、地震の際にこれを起点に生じた上下運動によって、断層付近の尾根が地すべりで崩落してしまった。結果生まれた旧尾根の切断面が三角形の平坦面となるためにこれを三角末端面と呼ぶが、「大文字」火床はまさしくその典型例だったのだ。京都市内から眺めると、「大文字」火床が地すべりの発生した削剥域であり、その下部のやや隆起した範囲が、地すべりによって崩落した移動体が堆積した押出域であることが見て取れることだろう。

この地すべりが起きた時期は明らかではないが、東山連峰の形成が進んだ数十万年以内、あるいはもっと新しい数万年以内の出来事かもしれない。ただいずれにせよ大いなる自然の営為が、はるか後の時代(17世紀前半)に「大文字」を描くキャンバスを用意してくれたのだ。

恐竜が地上を闊歩した時代のマグマ活動、そして京都盆地を囲む山々を襲った巨大地すべり。なるほど、どれもユニークな地形発達ではないか。「大文字」がひときわ目立つわけである。送り火という伝統行事が人びとを魅了してやまない理由の一端が垣間見るようだ。お盆の夜、ランドスケープの形成史にも思いを馳せたい。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2022年9月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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