東西高低差を歩く関西編 第37回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

火山活動が生んだ古代日本の世界観

二上山


イラスト:牧野伊三夫

「した した した」という不思議な語感で表された水音があった。折口信夫の小説『死者の書』の一文である。近代日本を代表する民俗学者・国文学者であり、また小説・詩歌の実作者としても知られる折口信夫は、古代日本を舞台に幻想的な物語を著した。それが『死者の書』である。そして物語の舞台として選ばれた場所が、奈良県と大阪府の府県境界に今もそびえ立つ二上山〈にじょうさん〉だった。

二上山は、名前のとおり標高517mの雄岳と同474mの雌岳の二峰が並び立つ姿を見せている。特徴的な山容は人びとにとってランドマークの意味もあったのだろうか、たとえば奈良時代の歌集『万葉集』では二つの頂上が並ぶ様子が「敷多我美也麻」(ふたがみやま)と詠まれている。一目でそれとわかる姿形の二上山だが、地形発達の歴史も独特だった。かつてあった火山活動が、今の二上山の姿を形作っていたのだ。

二上山の地質を分析すると、今から約1600万年前〜1300万年前(新第三紀中新世)に爆発的な噴火をともなう火山活動が推定できる。噴火のたびに、地下のマグマが溶岩として地上に噴出し、また火山ガスや火山灰が溶岩片を巻き込みながら流れ落ちる火砕流を生んでいった。

二上山とは実はこの巨大な火山噴火の結果だった。ただし1000万年以上前の火山活動だけあって、火山の本体はその後の長い時間のなかで風化侵食を受けて姿形を今は留めていない。しかし地下マグマが溶岩として地上に噴出する際の通り道である「火か道どう」は、その内部のマグマが冷えて硬く固まった結果、風化侵食を免れて円柱状に突出した地形として残された。それが二上山を構成する二つの頂上の雄岳と雌岳であり、それぞれが噴火活動によって生じた火道の痕跡だったのだ。このように火山の本体は風化侵食で消失後も、火道のみが残されて周囲から突出した姿を見せる地形を「火山岩頸〈かざんがんけい〉」と分類している。二上山(雄岳・雌岳)の他には、讃岐富士の名でも親しまれる飯野山〈いいのやま〉(香川県)が有名だ。

この特徴的な景観を見せる二上山の火山地形に、特別な意味をもたせたのが古代人だった。ひとつは「ブランド品」の名産地として。二上山の旧火山をかつて流れ落ちた火砕流が、ゆっくりと冷えて凝固した岩石が凝灰岩である。凝灰岩は硬度と加工のしやすさを併せ持つ石材として各地で用いられているが、二上山産の凝灰岩は古代日本の中枢部において、古墳の石室や石棺、さらには古代寺院の建物基壇としてとりわけ珍重された。豪華な副葬品で知られる藤ノ木古墳の石棺、人物壁画で有名な高松塚古墳の石室(石槨)、さらに法隆寺五重塔・金堂の基壇外装などは、全てこの二上山産凝灰岩を使用している。

加えて、古代人にとって二上山のもうひとつの意味は、どうやら死後の世界の入口として、つまりは生死境界を象徴する「墓標」のようなものでもあったらしい。飛鳥時代後期、政争のなかで非業の死を遂げた大津皇子〈おおつのみこ〉は懲罰の意味だろうか、あるいは死後の祟りを恐れてだろうか、彼が生前に活躍した飛鳥の都ではなく、そこから距離を置いた二上山に葬られた。大津皇子の死を悼んで、実姉の大伯皇女が詠んだ歌が『万葉集』に収められている。

うつそみの人なる我〈あれ〉や明日よりは 二上山〈ふたがみやま〉を弟〈いろせ〉とわが見む(現世の人である私は、明日からは二上山を弟と思って見ることにしよう)

冒頭に紹介した小説『死者の書』は、大津皇子の蘇りを描いた物語だった。二上山に葬られた大津皇子が、死後の眠りからゆっくりと目を覚ますとき、彼の耳に伝わった水音こそが「した した した」だったのである。その音は二上山に降る雨だろうか、それとも彼の遺骸が横たわる石室に水滴がしたたる音だろうか。

二上山の麓には、大津皇子の墓と推定される鳥谷口古墳が残っている。飛鳥時代後期特有の石室構造、そして二上山という立地はいかにも大津皇子にふさわしい。石室を間近で観察すると、それは二上山で採掘された凝灰岩からできている。火山、死者、物語。二上山の地形が生んだ、特別な世界観を感じられるはずだ。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2022年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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