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東西高低差を歩く関西編 第39回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

飛鳥・石舞台古墳

古代の「お葬式」を垣間見る


イラスト:牧野伊三夫

古来、お葬式はさまざまな物語を生んだ。名優・名エッセイストにして名監督だった故・伊丹十三の映画作品『お葬式』は人の死が生んだ情景を、笑いあり涙ありの豊かなドラマに昇華させている。お葬式のドラマが我々に感動をもたらすのは、死者を弔う葬儀が単なる個人の死を越えて、広く社会的な意味を帯びるためだろうか。

いうまでもなく古墳とは、日本列島で営まれた有力者の墳墓であり、それらが築かれた期間は西暦3世紀から約400年の期間に及び、代表的な前方後円墳をはじめ、円墳や方墳など多種多様な形態のものが営まれた。古墳の時代は最終的に西暦7世紀頃に終焉を迎えて、この時期の古墳を特別に「終末期古墳」と分類している。もはや巨大な前方後円墳は築かれず、小規模な円墳や方墳が主体となった時期である。それら終末期古墳の代表例が、飛鳥・石舞台古墳(奈良県明日香村)であり、「石舞台」の通称で知られた巨大な石室が今も残っている。

実は石舞台古墳の石室を詳細に観察することで、古代のお葬式が生んだ情景の一端を知ることができる。古墳で繰り広げられた死者と生者のドラマは、いったいどのような場所で生まれたのだろうか。

注目は石室の構造である。全長約19mの石舞台古墳の石室は横穴式石室と分類される形状であり、石室の入り口には「羨道〈せんどう〉」と呼ばれる廊下状の細長い空間が延びていて、その奥には死者の遺体をおさめた「玄室〈げんしつ〉」が配置されている。

まずは羨道を見てみよう。羨道は長さ約11m、幅2m強の細長い形であるが、両側に並んだ高さ2m以上の巨大な石材は全て、鏡面仕上げのように平滑加工した面を表にしており、なおかつ石材間に空きが生まれないように、すき間なくきっちりと積まれている。切りそろえられた石が並んだ羨道の内部に立つと、幾何学的な空間美すら感じ取れるはずだ。一般に石舞台古墳の石室は、ワイルドな巨石をダイナミックに積み上げたイメージがあるが、この羨道を見ると意外なほど繊細な技術が印象的だ。

一方、玄室である。ここは羨道とは全く異なり、野放図ともいえるほど大胆に巨石を積み上げている。石材は表面を平滑に加工してありそれなりの丁寧さを感じさせるものの、石材同士に空きが多く、小型の石材を充填してすき間をふさいでいる。また玄室は上下三段に石材を積み上げているが、段ごとの石材の大きさはそろっておらず、よくいえば伸び伸びと、悪くいえばやや雑な仕事ぶりを感じてしまう。羨道の空間美とはずいぶんと異なる印象を玄室では抱いてしまうのだ。石舞台古墳の石室で死者の遺体をおさめた場所こそ玄室であるはずなのだが、羨道よりも繊細さで劣るように見えてしまうとはいったいどういうわけだろうか。

ヒントは玄室の奥壁である。乱雑さすら感じてしまう玄室の石材のうち、玄室奥壁のみは鏡面仕上げの平滑な巨石をタテヨコきっちりと積み上げているのだ。この玄室奥壁であるが、位置としてはちょうど、羨道に立って奥側の玄室を見通した視線の先に相当する。つまり玄室のうち、手前に位置する羨道から見える範囲のみ、羨道同様の繊細さをもって石材は積まれていることになる。

これを石舞台古墳の石室でかつて行われた葬送儀礼、すなわちお葬式の情景を踏まえて考えてみよう。玄室が死者の遺体をおさめた石棺の安置空間である一方で、故人を弔う人間たち(生者)が占めた場所こそが羨道だったと考えると、羨道石材の丁寧な仕事ぶりと、羨道から見える範囲のみ繊細に仕上げた玄室奥壁の意味が浮かび上がってくる。つまり、石舞台古墳の石室は、死者を弔った生者たちの視界におさまる範囲のみ、入念につくられているというわけだ。この古墳の主役は死者に見えて、その実は葬儀に集った生者だったのだろう。

お葬式の主役は、物いわぬ死者というより、実際のところ故人を弔う生者であることは古今東西変わらぬものであり、だからこそ涙と笑いが交錯したドラマがそこで生まれていく。石舞台古墳から、古代のお葬式が垣間見えるようだ。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2023年1月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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