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5つの乗り物を乗り継ぎ、壮大な地底トンネルをゆく

黒部宇奈月キャニオンルート
(富山県)

文・写真=杉﨑行恭

黒部宇奈月キャニオンルートは、2024年から 一般開放される黒部峡谷最深部の工事用ルート。
今まで工事関係者以外は通ることができなかった 秘境の地下トンネルを、いち早く体験してきました。

黒部峡谷鉄道の終点から
世紀の工事ルートを進む
温泉で知られる宇奈月から、黒部川をさかのぼるトロッコ列車で大峡谷を進む。しかし今回は特別な旅なので胸が高まる。今まで黒部峡谷鉄道は終点の欅平〈けやきだいら〉から、再び宇奈月に戻る往復乗車だった。登山者を除いて、一般旅行者は戻らなければならなかったのだ。しかし今日は、欅平からさらに奥地に突き進むのである。

黒部峡谷鉄道は、大正時代に始まった黒部川の電源開発のために建設された工事用鉄道が始まりだ。もとより黒部川は全長85㎞ながら、源流部の標高は2400mに達する。さらに日本海に面した豪雪地帯にあって、豊富な降水量と河床の急勾配は水力発電の最適地と見られていた。すでに昭和15年には、欅平から奥の仙人谷〈せんにんだに〉に水力発電用のダムが完成しており、資材輸送用の地下鉄道が通じていた。ちなみに仙人谷は東に鹿島槍ヶ岳〈かしまやりがたけ〉(2889m)、西に剱岳〈つるぎだけ〉(2999m)という高峰に挟まれた黒部峡谷の秘境である。戦後の昭和38年になると、もっと上流に関西電力によって巨大な黒部ダム、通称「黒四〈くろよん〉ダム」が建設された。高度成長期の関西地方は電力を渇望していたのだ。しかし黒部峡谷は冬になると、雪と氷に閉ざされた世界になる。黒部峡谷鉄道も、雪崩多発地帯の鉄橋を取り外して、冬季運休するほどだ。このため黒部ダムは急峻な山岳地帯にありながら、堰堤以外の設備を地下に建設するという、日本の土木史に刻まれる巨大プロジェクトになった。

そんな欅平から黒部ダムまで、地下を掘り抜いた専用ルートは鉄道ファンの間でも噂になっていた。秘密基地のような巨大なインクラインや地底を進む蓄電池(バッテリー)式列車など、まさにベールに包まれたルートだった。2024年に一般開放予定の「黒部宇奈月キャニオンルート」により、この謎の回廊を初めて一般人が通れるようになるのだ。

今回は一般開放に先立って開催されたプレスツアーに参加した。

黒部峡谷鉄道の欅平駅でヘルメットが配られ、工事用トロッコ電車に乗って坑道内に入っていく。このまま直進すると思っていたら、トロッコはいきなり停車してバック運転を始めた。地底のスイッチバックだ。乗車時間5分で欅平下部〈かぶ〉駅に着いた。ここから大型の竪坑〈たてこう〉エレベーターで200mを一気に昇る。エレベーターは4・5tのトロッコ車両を引き上げる能力があるという。現在の超高層ビルのエレベーターに匹敵するものが、昭和14年に完成していたというのも驚きだ。そのエレベーターで昇った地点で標高約800mに達した、と言われても実感できないが、少し歩くと山腹にぽっかりと開く竪坑展望台に出た。「晴れていれば白馬鑓ヶ岳〈しろうまやりがたけ〉が望めるのですが」との案内、それでも雲の合間から目もくらむような断崖が切れ落ちていた。

坑道内の欅平上う部〈じょうぶ〉駅で、乗りたかった上部専用軌道の列車が待っていた。これより黒部川第四発電所まで6・5㎞を結ぶトンネル鉄道に乗るのだ。かつてこの区間(欅平〜仙人谷)を、作業員はセメント袋を担いで、命がけで断崖絶壁の道を歩いたという。仙人谷ダム建設にあたって、現場までのルートを確保するためこの上部専用軌道が掘られたのだ。

(ノジュール2023年11月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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