人気の特集

西東京バス・富士急バス

多摩川源流から峠越え

文・写真=杉﨑行恭

東京の水源だった奥多摩一帯。今回はJR奥多摩駅を出発点とし、バスで奥多摩の景勝地にどんどん入っていきます。やがてバスは都県境を越え、険しい峠を越えて山梨県大月に向かう山岳ルートを楽しめます。

東京の水がめ
小河内ダムに向かう
標高343メートル、東京都内の鉄道では最高所にある青梅線奥多摩駅は、駅舎もヨーロッパの山小屋を思わせ、旅気分をかきたてる。バス旅の起点は目の前にある西東京バスのバスターミナル。その2番のりばからまず多摩川に沿って小河内ダムを目指した。

定時に発車したバスは、すでに渓谷状になった多摩川と並行する国道411 号を走る。昔、パチンコで負けて歩いたことから「落ち目街道」と呼んでいた青梅街道をどんどん西に進むと、ここに出るのだ。でも乗ったバスは落ち目どころか、エンジン音も高らかに坂道を上っていく。やがて沿線に人家も途絶えたころに小河内ダムに近づいた。鉄道好きとしてはダム到着の直前に見えた、今は廃線となった小河内線のコンクリート橋に気持ちをもって行かれた。小河内線は小河内ダム建設のために敷設された貨物線で、昭和32年(1957)の竣工まで、奥多摩駅(当時は氷川駅)から建設資材を運んでいたのだ。その小河内ダムに近い奥多摩湖バス停で途中下車、谷底から149 メートルもあるダム堰堤上にある小河内ダム展望塔に登った。ここから見下ろす絶景がすばらしい……というか、かなり怖い。振り返れば水をたたえた奥多摩湖の風景。昭和のころは水不足になると、奥多摩湖をテレビでよく放送していたっけ。今も結構水は少ない。通りかかったダム警備員も「水位が回復するには、梅雨時までかかりそう」と言う。その彼の腰からは熊鈴の音が聞こえる。「昨年はクマも出ました。さっきはカモシカも見ましたよ」というので、湖畔をのぞいたら、でっかいカモシカが昼寝をしていた。東京都内に、こんな野生の王国があったとは驚いた。

ダム湖の歴史を秘めた
小河内神社に詣でる
奥多摩湖バス停から再びバスに乗る。曲がりくねった湖畔の道はカーブの連続で対向車の予測が難しい。それでも運転士は悠々とバスを進めていく。車窓から「熱海」とか「女の湯」といった温泉由来のバス停が見えた。「水没した温泉の名残」と運転士が教えてくれた。10分ほど乗って小河内神社バス停で下車、ここから奥多摩湖に細長く突き出た半島を歩く。この先に小河内神社がある。観光シーズンを前にして誰もいない参道の階段を、息を切らせて登る。その昔、水底に没した9社をまとめた神社で、東京の水源の守り神的な存在だ。多分、かなりのパワースポットなのだろう。

この小河内神社のある半島から、奥多摩湖名物の麦山浮橋が対岸に伸びていた。でも取材時は水位が低くて通行止めだった。ここも水位が回復する時期まで待たなければならないが、そういえば以前はドラム缶の橋だった記憶がある。踏み出すたびに微妙に沈んで、おもしろかった。

次のバスは小菅の湯行き。すっかり細くなった奥多摩湖を見ながら、やがて青梅街道から分かれて国道139号に入る。そしていよいよ都県境を越えて山梨県小菅村に入った。

(ノジュール2024年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)

ご注文はこちら