東西高低差を歩く関東編 第55回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

奈良・宇陀松山城

城を壊した「破城」の意味


イラスト:牧野伊三夫

城郭研究の分野において、近年の注目事項が破城〈はじょう〉である。破城とは文字どおり城郭を破壊する行為で、城割〈しろわり〉ともよばれていた。主に近世初頭(16世紀末)の豊臣秀吉の時期から本格化して、江戸時代前期(17世紀)を通じて日本列島各地の城郭が次々と破壊されすがたを消していった。

破城を考える際、好事例が宇陀〈うだ〉松山城(奈良県宇陀市)である。観光客のすがたもまばらな奈良県の山間部に立地する宇陀松山城であるが、近年の発掘調査によって破城が単なる破壊行為ではなく、儀礼的な意味合いをもっていたことが明らかとなった。実はこの点においてこそ、破城が注目されるものであり、政策的・社会的な意味をそこに見出しうるのだ。

そもそも宇陀松山城は近世をさかのぼる中世に、付近を支配した領主・秋山氏によって築かれ、それが近世初頭の豊臣期に大規模改修されて、石垣・瓦・礎石〈そせき〉建物を備えた近世城郭に生まれ変わった。立地環境としては山間部の谷と盆地を見下ろす山城であり、西国と東国をつなぐ日本列島の地政学的境界を古代以来担ってきた伊勢本街道とも近く、「境目の城」として宇陀松山城は重要視されていた。

豊臣期に宇陀松山城は秀吉の直臣与えられたが、その時期は天正13年(1585)で、西国権力の性格をもった秀吉が東国権力(徳川家康と織田信雄〈のぶかつ〉)と対峙した小牧〈こまき〉・長久手〈ながくて〉の戦いの翌年に相当し、秀吉が名実ともに最高権力者となった関白任官と同時期である。東西間の緊張が高まるなかで、関白秀吉の直接支配地域である畿内の東境界を防備する必要性が高まったのだろうか。これらの経緯から、宇陀松山城の整備改修に対しては一地方の山城の性格を超えて、中央政局との連動を感じ取ることもできるだろう。

このように重要な宇陀松山城であるが、破城すなわち徹底破壊されてしまう。時期は豊臣氏滅亡と同年の元和元年(1615)で、ここにも中央政局との関係を見出しうるが、その破壊のあり方が注目すべきものなのだ。発掘調査の成果を概観してみよう。

宇陀松山城の破城は、建物を支える土台としての機能を停止させるためだろうか、石垣に破壊の痕跡が集中しており、とりわけ石垣の強度が確保される隅部は念入りに破壊を受けていた。さらに、すべての石材を取り外すことには多大な労力を要するため、隅部以外の石垣は上部のみの破壊で省力化しているが、宇陀松山城の場合は、残された石垣の上端ラインがきれいに揃えられていたことも判明した。これは破城という行為が単に物理的な破壊だけではなく、それに相対する人間の視覚への訴求も意図したことがうかがえる。ここから、宇陀松山城の破城の意味について、単に石垣を破壊し、城郭の軍事的機能を停止させる目的のみならず、一種の儀礼的・象徴的な性格を読み取ることもできるだろう。

例えるならば、破城とは一種の「城の葬式」といえるかもしれない。それは存在の消滅をただ意味するだけでなく、城がなくなったことを社会的・文化的に認知させる目的があったのだ。だからこそ、人間の葬式のように儀礼的・象徴的な行為が破城には必要だった。

中世日本に築かれた城郭の数は、2万とも4万とも推計される。このような膨大な城郭群が、近世以降になると400未満にまで激減してしまう。おそらくこの変化は結果論ではなく、豊臣氏滅亡後の一国一城令をはじめ、城郭を減らす政策が実施されたためと考えられる。豊臣から徳川の時代にかけて、重要な政策基調が社会の平和領域化である。人々が自力救済の原理のもとで互いに殺し合った生臭い中世から一転して、近世という時代は、明らかに非武装や平和への意識が諸政策に作用するようになった。

こうした歴史の趨勢〈すうせい〉のなかで、非武装化と平和化を象徴づけるものとして、城郭は削減されねばならなかったのだろう。とりわけ東西日本の境界地域に位置し、「境目の城」として紛争の種となりうる宇陀松山城は、政策的な目的からも、そして社会的な意味からも破壊され、すがたを消さねばならなかった。中世から近世へ、戦国から平和へ、破城は時代の変化を象徴していたのである。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。京都ノートルダム女子大学非常勤講師。
高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。
NHKのテレビ番組『ブラタモリ』では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2024年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)

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