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雪景色、北国情緒、冬グルメ……

この冬、出かけたい列車旅

文=スケープス 写真=入江啓祐(P84・86〜89)

暖かい列車の中から車窓に広がる冬の絶景を眺め、おいしいものを味わい、人のぬくもりにほっとする。
冬の列車旅には、この季節だけの旅情が満ちています。

外は雪でも列車の中は
ほっこりぬくぬく
青森県の津軽半島は『津軽海峡・冬景色』に歌われるほどの日本有数の厳寒の地だ。三方を海に囲まれ、強い風で雪が横に舞う地吹雪に見舞われる日もある。そんな北の地を力強く走るのが津軽鉄道だ。冬には1日2〜3往復、ストーブ列車が運行。ダルマストーブを乗せた旧国鉄の懐かしい車両が雪原を駆けてゆく。

出発駅は津軽半島の付け根に位置する津軽五所川原〈つがるごしょがわら〉駅。窓口で紙のきっぷを買い、改札鋏ばさみを入れてもらう。鋏のパチンという音がタイムスリップの合図のようだ。

ホームで待つ車両に乗り込むと、暖かさに包まれる。車両の一角には、数十年ぶりに見るダルマストーブ。ストーブの小窓には赤々と燃える炎が見える。向かい合わせになった木製の椅子に腰をかけ外を見ると、雪原が広がる白い世界。しばらくすると「津軽富士」ともよばれる岩木山の美しい稜線が見えてきた。絶景に見入っていると、車内販売のワゴンがやって来た。すかさず日本酒とスルメを購入する。「スルメ、焼きましょうね」とアテンダントが、ストーブの上の金網にスルメを広げると、ほどなく香ばしい匂いが立ち昇る。アテンダントが軍手をした手で時々スルメを押さえて焼く。「スルメはこうしないと、丸まってしまいますからね、少しお待ちくださいね〜」。焼き上がると、小さく割いて袋に入れてくれる。

のんびりしたアナウンスが始まった。「みなさん、津軽鉄道は昭和5年(1930)に走り始めて、90年以上になります。この列車は昭和23年(1948)のものですよ〜。懐かしいと思う人もいれば、初めて見たという方もいるかもしれませんねえ。はい、みなさん、カメラを用意してください、次の駅は吉幾三さんの歌に出てくる嘉瀬〈かせ〉駅ですよ〜」。青森のアクセントがあったかい。

ちびちび飲んでいるお酒が回ってきたのか、若い車掌が時々石炭をくべる姿にもしみじみ。切ないような懐かしいような気分になる。

列車は終点の津つ軽がる中なか里さと駅でしばらく停車後、折り返す。待つ間に帰りのきっぷを買っておこう。

帰路は、津軽五所川原駅で購入し、楽しみにとっておいたストーブ弁当を広げる。津軽鉄道のオリジナル駅弁だ。竹皮を編んだ籠を開けると、おにぎりとともにホタテの黄金焼などの津軽の郷土食、石炭風に黒ゴマをまぶして揚げたサトイモなど、ストーブ列車にちなんだおかずがぎっしり。おにぎりはお米がおいしく、赤カブ漬けがよく合う!思わず、お酒をお代わり。外はまた雪が降ってきたみたいだ。

昭和レトロな列車で
タイムスリップ
ストーブ列車の車両は床も壁も木製。レトロなだけでなく、全体が飴色をしていて美しい。木製のドアの車掌室のサイン、車両の壁に掲げられた句など、どこか物語の世界の中にいるような気がしてくる。

津軽といえば文豪・太宰治の故郷だ。津軽五所川原駅から25分ほどの金木〈かなぎ〉駅は、太宰治の生家に近い。大地主だった太宰治の父・津島源右衛門が明治40年(1907)に建てた屋敷が太宰治記念館「斜陽館」となっている。途中下車して立ち寄ってみよう。約2200㎡もの広い敷地に青森ヒバ(青森産の檜)をふんだんに使って建てられた、今に残る貴重な明治の木造建築である。この屋敷で多くの使用人に囲まれて育った太宰治は、成績優秀で才能に恵まれながらも悩み多い人生を送り、38歳で入水心中。その太宰治の愛用したマントや執筆の道具、原稿、書簡など貴重な資料が展示されている。また、太宰治記念館「斜陽館」の向かいには、おみやげから地元野菜まで並ぶ金木観光物産館産直メロスがあるので、こちらにもぜひ立ち寄りたい。

太宰治は昭和19年(1944)に故郷の津軽地方を巡る旅に出て、紀行文的小説『津軽』を執筆した。その中に登場する芦野公園〈あしのこうえん〉駅は金木駅の隣駅。当時の駅舎を利用したカフェ・赤い屋根の喫茶店「駅舎」がある。店内には裸電球や駅の時刻表、駅長室のサインなども残され、落ち着いた雰囲気の中でゆったりと時間が過ごせる。

このカフェを営む栄利有夏〈さかりゆか〉さんが、訪れた人を温かく迎えてくれる。手作りのご当地メニューも充実。すりおろした地元産リンゴを使ったカレーや金木の特産・馬肉を使った激馬かなぎカレーをはじめ、オムライス、ナポリタンなどの正統派喫茶洋食だ。栄利さんはストーブ列車がこの駅を発車するときには、ホームに出て汽車が見えなくなるまで手を振ってくれる。

芦野公園は雪が解け、遅い春が来ると桜の名所となり、駅のホームも桜に囲まれる。見送ってくれる栄利さんに思わず「また桜の季節に帰って来ます!」と叫んでしまうほど、津軽半島をまるで自分の故郷のように感じさせてくれる列車の旅だった。

(ノジュール2024年12月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)

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