[エッセイ]旅の記憶 vol.77

旅立ち前の厳かな時

小池 真理子

昔から、かなりの旅行好きと誤解されることが多かった。国内はもとより、暇さえあれば気軽にすいすいと海外に出かけているように思われるのは、悪い気分はしない。旅慣れた女性はカッコいい、と若いころから思ってきたから、そんなふうに見られるのは願ってもない光栄なのだ。

だが、現実は大いに異なる。私は徹底したインドア派……というよりも、ただの面倒くさがり屋。テレビで旅番組を観ながら、おっ、ここはいいぞ、と心踊らせ、ただちにネット検索してその国、その街の情報を仕入れ、ますます興奮して、よし、行くぞ、いつ行こうか、と予定をたてようとしている瞬間が一番楽しいのだ。

やがて、煩わしい現実が次々と弓矢のように突き刺さってくる。仕事のやりくりはどうすべきか、連載は書きためておくしかなく、引き受けていた〆切の短篇原稿は早めに書き上げ、いつも留守の時に飼い猫の世話を頼んでいる女性の予定を確認し、約束していたあれこれのイベントだの食事会だのを断ったり、延期してもらったり……などと考えていくうちに、次第に億劫になってくる。

夫は私に輪をかけて出無精である。いつか一緒に数か月かけてヨーロッパをまわろうね、などという話は、今や口約束を超えて、ほとんど妄想の域。そのくせ、彼は20代のころ、8年間、パリで暮らし、フランス語も堪能。航空会社に勤めていたのをいいことに格安で世界を飛び回っていた人間である。いったいいつから、そんなに旅が億劫になったのか、よくわからない。彼の生き方の理想は、画家の熊谷守一のように、生涯、小さな家と小さな庭から出ない暮らし、というのだから、こうなるともう、生まれもった性格としか言いようがない。

一方、彼に比べれば、私はまだましかもしれない。これまでも、それなりにあちこちを旅してきたし、今後もたまには重い腰をあげることになると思う。国際線に搭乗する時にいつも感じる、神聖な結界に足を踏み入れたかのような、厳かな緊張感。座席についてすぐにオーダーする、冷えたシャンペンや白ワインの美味しさ。覚醒していた意識が徐々にやわらいで、雑多な現実を忘れていく時の心地よさ。「今」にいったん目をつぶり、非日常の空間に身を委ねようとする時の、えも言われぬ厳粛な悦び。……そうした感覚こそが、実はどんな旅先で経験する幾多の新鮮な発見や驚き、美しい風景よりも、私を魅了してやまないのだ。


イラスト:サカモトセイジ

こいけ まりこ●作家。1952年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。
1996年『恋』で直木賞、1998年『欲望』で島清恋愛文学賞、2006年『虹の彼方』で柴田錬三郎賞、2013年『沈黙のひと』で吉川英治文学賞など、受賞歴多数。
近著に『モンローが死んだ日』『死の島』。

(ノジュール2019年5月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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