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特急Laview〈ラビュー〉で行く

芝桜が染める
見渡す限りのピンクの丘と
レトロ町歩き

文=松尾裕美 写真=村岡栄治、村田正博、宮地 工

春色の汽車に乗って海に連れていってほしかった若かりし頃は、はるか彼方の昔のこと。
今や春色シートのとっておきの特急を選び、自ら楽しく旅することのできるノジュール世代。
この春のおすすめは、超がつくほど快適でかつ、お手頃価格の西武鉄道の特急ラビューで行く、目も覚めるほど芝桜が色鮮やかな秩父の旅。
花鑑賞のあともレトロシックな町散策を楽しみましょう。

里山の春を抜け、芝桜の丘へ今回、秩父への花旅の足に選んだのは、平成31年3月にデビューした特急Laview(ラビュー)。池袋〜西武秩父まで約1時間20分と速いだけでなく、全席指定、大きな窓と居心地のいい空間を併せ持ち、しかも特急料金込みで池袋〜西武秩父間1500円と驚きのお値打ちだ。

住宅街を滑るように走り続けたラビューの窓には、高麗〈こま〉駅を通過する頃からぐぅっと山々が迫ってくる。鉄橋を渡るたび、床近くまである窓の下部を高麗川の渓流が流れ過ぎるのを見送り、窓の上部に武甲山の威容を誇る姿が現れると、ほどなく横瀬駅に到着する。

横瀬町は芝桜で名高い羊山公園の東麓の町。なだらかな斜面に田んぼや果樹園が点在する、のどかな風景が広がっている。公園へは西麓の秩父市側から向かうこともできるが、うららかな里山の春を全身で感じつつ、こちら側から向かうのもおすすめだ。

江戸時代の笠鉾〈かさほこ〉が曳き廻される「宇根の春祭り」で知られる八阪神社を過ぎ、表示板に従って薄暗い杉林の急な坂を登りつめると、羊山公園の宇根口だ。

ゲートを入ると、幕が切って落とされるようにいきなり世界が開ける。ゆるやかにうねる丘を芝桜が被い尽くし、ピンクの濃淡から紫のグラデーションの中に、アクセントカラーの白がまぶしい。花々が描き出す曲線は、ユネスコ無形文化遺産に登録された秩父夜祭の囃子手がまとう襦袢の紋様と躍動感がモチーフだそう。冬の始まりを告げる夜祭の熱気と、長い冬を乗り越えたふわりとした春の心の高揚が、武甲山が見守る丘の上で響き合うようだ。

芝桜から桜へ、藤へ
秩父をめぐる花遍路
芝桜の丘を堪能し、秩父市街を一望できる見晴らしの丘方面へ歩を進めると、緑の広場や道沿いに、たくさんの桜が現れる。その数約1500本。芝桜が始まる頃には残花だが、秩父の春はこんなふうに間をあけずリレーのように花が咲き継いでゆく。

ところでかつては桜で知られた羊山公園の代名詞が芝桜に変わっていったのは、平成に入ってからだという。そもそもこの丘では、昭和の前期から終戦にかけて緬羊が飼われており、いつしか「羊山」と呼ばれるようになったそうだ。飼育場が熊谷に移転したのを機に公園として開放されたが、整備が難航し、長く裸地のまま置かれたエリアがあった。そこに職員が植え始めた芝桜が口コミで次第に評判を呼び、芝桜の丘を造る本格的な計画に結び付いたという。

さて、羊山公園の花景色を堪能したら、丘を下って町へ向かおう。秩父市街へ下る道は、一対の木に守られた大山祇神社の横から松坂と呼ばれる急坂を下る道、牧水の滝の脇を通って緩やかな坂をたどる道など、幾通りもある。麓まで下り切ったら、花の寺として知られる秩父札所第十二番の野坂寺へ。芝桜が盛りを迎えるゴールデンウィーク頃には、藤が咲きこぼれているはずだ。

(ノジュール2020年2月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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