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河合 敦の日本史のウラ話 第12回

日本史がターニングポイントを迎える時、綺羅星の如く現れる、偉人、賢人、豪傑、美女たち……。
誰もが知っている歴史事件とその英雄たちの背景にある、教科書が教えないウラ話を、歴史家・河合 敦さんがご紹介します。

日本人女性初のメダリスト・
人見絹枝と2021東京五輪へ


イラスト: 太田大輔

本来ならば、今ごろはオリンピックの余韻に浸っていた時期かもしれない。「東京2020」は、残念ながら延期になってしまったが、今年9月で高橋尚子選手がマラソンで金メダルを獲得してから20周年になるそうだ。思えば、日本人女性初のオリンピックメダルも陸上競技だった。昨年の大河ドラマ「いだてん」でも話題になった人見絹枝〈ひとみきぬえ〉である。彼女は、第9回アムステルダム・オリンピックにおいて800m走で銀メダルを獲得した。そんな快挙を成し遂げたにもかかわらず、その名がそれほど知れ渡っていないのは、おそらく彼女が24年と7ヵ月という短さで生涯を閉じてしまったからだと思われる。彼女は、短い人生のなかで精一杯己の命を燃焼させ、彗星のごとく鮮やかな輝きを見せてこの世を走り去っていった。

明治40年(1907)、岡山県に生まれた絹枝は、県立高等女学校4年生のとき、教員の勧めで県の中等学校競技大会に出場した。走り幅跳びでいきなり女子日本新記録を出した彼女は、卒業後、岡山県の陸上競技大会で三段跳びの世界新記録をたたき出す。突如、世界レベルの女子アスリートが、岡山県に出現した瞬間だった。

こうして陸上の世界に進むことになった絹枝は、大正15年(1926)に、スウェーデンで開催された第2回万国女子オリンピックに出場し、初めての国際大会で個人優勝。その後も各種目で世界レコードを次々に塗りかえ、その名は世界の陸上界に知れ渡ることになった。

昭和3年(1928)、アムステルダムでの第9回オリンピックは、初めて陸上競技の女子種目が行われた大会だったが、このとき絹枝は女性としてただ一人、日本選手団に加わった。100m走にすべてを懸けていた絹枝は、プレッシャーに押しつぶされて準決勝で敗退、メダルを逃してしまう。試合後、号泣し続けた絹枝だったが、彼女が偉かったのは、それでもメダルを諦めなかったことである。登録だけしておいた800m走への出場を監督に申し出たのだ。これまでに一度も大きな試合で800mを走ったことはなく極めて無謀な挑戦だったが、見事予選を通過。ただ決勝前日は緊張で一睡もできず、泣きながら朝の光が差すまで神に祈り続けたという。

決勝は9名で争われたが、はじめからデッドヒートとなり、団子状態のまま400mトラックを一周。絹枝は必死に先頭集団に食らいつき、最終周の第4コーナーを回ったところでゲントゼル選手を抜き去り2位に躍り出るが、その瞬間、あまりの疲労のために眼が見えなくなってしまった。それでも走り続け、トップのラトケ選手との差を2mまで縮めたところでゴールイン。2分17秒6。これは当時の世界記録を上回るスピードだった。

銀メダルを獲得して帰国した絹枝は、女子選手団を結成し、昭和5年(1930)にプラハで開かれる第3回万国女子オリンピックに出場しようと決めた。こうして大会に向けて日本女子スポーツ連盟が主催する夏合宿が始まったが、実はこれ、選手たちの絆を深めるために絹枝が企画したもの。彼女は合宿費を捻出するために『スパイクの跡』という著書を出版し、その印税を前借りしたり、寄付を募ったりしながら、合宿費をひねり出したのである。結果、この大会で絹枝は総合個人成績で2位に、日本選手団は総合得点で4位に入るすばらしい健闘を見せた。

だが、このとき絹枝に病魔が忍び寄っていた。大会中からひどい咳に苦しみ、体重も減少の一途をたどった。それでも帰国後は不調を押して忙しく講演活動に飛び回り、プラハでの体験を語り、女子スポーツ界の発展に寄与しようとした。しかし、衰弱は激しさを増し、乾酪〈かんらく〉性肺炎の診断を受けた。結核菌による肺の炎症で、当時の医学では手の施しようがなかった。絹枝はやせて骨と皮だけの姿になり、両肺が侵され酸素吸入器が必要になっても病魔と闘い続けたが、天は彼女にこれ以上の生を許さなかった。 

絹枝がこの世を去ったのは8月2日。くしくもこの日は、絹枝がアムステルダムで銀メダルを手にしたのと同じ日だった。

来年の夏こそは、東京でオリンピックが開催されると期待したい。絹枝のような志をもった多くの女性アスリートたちの活躍を目にするのが愉しみだ。

河合 敦〈かわい あつし〉
歴史作家・研究家。1965年東京都生まれ。
早稲田大学大学院卒業後、日本史講師として教鞭を執るかたわら、多数の歴史書を執筆。テレビ番組「世界一受けたい授業」のスペシャル講師として人気を博す。
主な著書に『目からウロコの日本史』『世界一受けたい日本史の授業』『逆転した日本史』など。多摩大学客員教授。

(ノジュール2020年9月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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