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東西高低差を歩く東京編 第11回

地形に着目すれば、町の知られざる物語やすがたが見えてくる。
第11回は梅林秀行さんによる、京都嵐山・天龍寺の庭。
日本を代表する名庭の類まれなる美も、高低差によって造られていました。

天龍寺
「パノラマモード」の名庭


イラスト:牧野伊三夫

 都は庭園都市である。巨大寺社や城郭、市中の山居をきどった茶室の露地、そして今も多く残る町家の坪庭にいたるまで、京都には庭園が満ちている。

それでは京都のなかで、とびきりの名庭はどこだろうか。候補は両手に余るほどだが、第一に「天龍寺曹源池庭園」を推したい。ここには人類文化の芸術(art)である庭園にとって、空間を美的に構成する技芸(art)の典型がうかがえるのだ。

天龍寺は室町時代前期、南北朝争乱の敗者となった後醍醐天皇を慰霊するため、足利尊氏を首班とした室町政権によって創建された。創建時の天龍寺を主導した人物は、寺伝によれば中世きっての名僧・夢窓疎石。伽藍と庭園の独創性から察すると、おそらくその伝承は確かだろうと思う。

天龍寺曹源池庭園を見ていこう。まずは方丈の縁側に座って鑑賞をおすすめしたい。目に飛び込んでくるものは、縁側から見て正面に位置する「滝組」だ。

印象的であるのは、滝組全体の配置がきれいな二等辺三角形となっていること。滝組自体はゴロゴロとした岩々によって形づくられているが、全体の構成は幾何学的に整ったきれいな三角形なのだ。岩と三角形。具象と抽象。このバランス感覚をまずは味わいたい。庭園という空間芸術において、具象・抽象の配合とバランスは、洋の東西を問わず永遠の課題かもしれない。この庭園は、この難題にひとつの回答を示しているように思える。

はたして天龍寺曹源池庭園の滝組は、なぜこれほど収まりがよいのだろうか。それは庭園現地の目線でよくわかる。おそらく鍵は「斜面」だ。滝組が配置されている斜面に、この庭全体をコントロールする原理がうかがえるのだ。

天龍寺は京都盆地の北西隅(嵯峨嵐山)に立地している。ここは断層運動が生んだ沈降・隆起の両面の地形発達によって、盆地と山地の境界線が引かれており、東は京都盆地、西に西山連峰という地形区分がわかりやすい。実は、天龍寺曹源池庭園の滝組が置かれた斜面こそ、京都盆地と山地をわける断層崖(京都西山断層帯)そのものなのだ。

この庭園をまず見たとき、鑑賞者の視線は庭園中央に位置する滝組へと向かう。我々の意識を引き付けてやまない、岩と三角形がおりなす構成の妙ゆえである。この庭の主人公はあくまで滝組なのだ。しかし一方で、我々の視野の多くを占めているものは、庭園の背後スペースに100メートル以上の長さで続く連続斜面なのである。

天龍寺曹源池庭園における滝組と斜面は、「主題」と「キャンパス」の絵画要素を連想させるだろうし、地図でいうならば「図」(滝組)と「地」(斜面)の関係に思い当たることだろう。キャンパスなき絵画はありえないし、地のない地図も考えられない。

そしてこの庭園背景に占める斜面の存在感は、まるで写真撮影の「パノラマモード」のように、我々の視線を左右方向に大きく引き延ばしていく。狭くクローズアップするよりも、広く視野が伸びていくような感覚。まさしくこれは、パノラマモードの名庭なのだ。具象と抽象が重なった滝組は、このパノラマ感あふれる斜面があってはじめて、存在が許されるように感じられる。滝組だけではあまりにも個性が強すぎる。鑑賞者の視線を左右に大きく広げる背景斜面こそ、庭園全体のコンダクターなのだろう。

滝組と斜面、部分と全体、具象と抽象。天龍寺曹源池庭園の絶妙なバランス感覚は、断層運動が生んだ盆地・山地の境界領域ならではの地形特性に、熱いまなざしを向ける作庭者あってのものと思えてならない。この作庭者は、断層崖という自然環境が、庭園という空間芸術に生む効果をおそらく熟知している。そしてその人物には、やはり夢窓疎石という、有数の名僧であり造園アーティストだった固有名詞を当てはめたくなる。

空間にとって美とはいったい何だろうか。我々があえて「庭園」と呼ぶところの空間はいったい何なのか。それは単なる「場所」ではない。そこには美を生む要素と原理が、空間を満たしているはずなのだ。

梅林秀行 〈うめばやし ひでゆき〉
京都高低差崖会崖長。高低差をはじめ、まちなみや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。「まちが居場所に」をモットーに、歩いていきたいと考えている。NHKのテレビ番組「ブラタモリ」では節目の回をはじめ、関西を舞台にした回に多く出演。著書に『京都の凸凹を歩く』など。

(ノジュール2020年9月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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