東西高低差を歩く関東編 第20回

地形に着目すれば、土地の歴史が見えてくる。
“高低差”の達人が紐解く、知られざる町のストーリー。
関東は皆川典久さん、関西は梅林秀行さんが交互にご案内します。

土の城の傑作

江戸城桜田濠


イラスト:牧野伊三夫

土地の高低差だけでなく、地形を構成する「地質」も都市の歴史や文化に関係しているのかもしれない。前回は京都高低差崖会の梅林秀行さんから、西日本の地形的特質として花崗岩〈かこうがん〉地形の紹介があったが、東日本・特に関東地方の地形を特徴づけるものとして関東ローム層が挙げられよう。関東ローム層は関東地方に広く分布する火山灰層で、粒子の大きさでいうと粘土と砂の中 、シルト(泥)にあたる。ロームという言葉は本来、粒度上のシルトを主材料とする土壌の呼び名であったが、関東地方の火山灰層は風化して粒子サイズがシルト程度なので「関東ローム層」という呼び名が生まれた。

東京山の手台地を構成する関東ローム層は、富士・箱根などの火山が噴出した火山灰が、西風(偏西風)によって運ばれ降り積もったもの。鉄分を多く含むため風化による酸化で赤褐色(サビ色)となり、「赤土」とも呼ばれている。花崗岩が風化してできた白っぽい砂質の西日本の土とは対照的である。西日本と東日本では、味付けや出汁の抽出法などを例に、文化的相違点を見いだすことがあるが、地質に起因するものもあるかもしれない。

さて、花崗岩の産出地に恵まれた西日本では、大規模な石垣を持つ近世城郭が多い。石の産地に乏しい江戸城の場合は、約120㎞も離れた伊豆半島から石材(安山岩)を海上輸送する必要があった。江戸城のユニークなところは石垣を限定的に用い、原地形の高低差と関東ローム層の特徴を活かして築城されたことだろう。

外桜田門から半蔵門にかけての桜田濠と土塁の景観は壮大だ。半蔵門付近では内濠斜面は20m近くの高低差があり、40度を超える急斜面が崩落することなく維持できるのは、まさに関東ローム層の特徴。固結した関東ローム層は比較的安定した地盤であり、表面が滑りやすいといった防御的性能も持つ。江戸城はまさに土の城の傑作なのだ。

皆川典久 〈みながわ のりひさ〉
東京スリバチ学会会長。地形を手掛かりに歩く専門家として『タモリ倶楽部』や『ブラタモリ』に出演。
2020年末に『東京スリバチの達人』(昭文社)の北編・南編を刊行。
暗渠・階段・古道の情報を加えた『東京23区凸凹地図』(昭文社)を監修し同時出版した。

(ノジュール2021年6月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
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