人気の特集

美ら島の風景

星を数えているうちに

文=宮沢和史 写真=川畑公平

自分の故郷は山梨県甲府市というところで、海がなく、大きな産業もない田舎町である。大規模な空襲にさらされたこともあり、これといった歴史的な建築物もあまり残っていない。たしかに、都会より物質的には満たされていないかもしれないが、人が豊かな感受性を養う上で必要なものがたくさんあることの精神的な贅沢さ、喜びは大いに自慢できる。そのひとつが冬の空の天体の美しさだ。甲府市中心部から見上げる夜空も美しいが、一歩甲府盆地から離れたところからの星空は絶品。月も星も明瞭ゆえに、とても近くに感じたものだ。

東京へ出てからは夜空を見上げる機会も減ったが、今からおよそ30年前に思いがけなく満天の星に遭遇した。初めて宮古島に渡り、海辺でキャンプをした時に見上げた夜空は、故郷で見ていたくらいの、いや、それ以上の多くの星に埋め尽くされ、数十秒に1回くらいの間隔で流れ星を見つけることができた。僕らは語り合うことも忘れ、長い間ただただ空を眺めていた。この星を数えていたら、抱えている悲しみも忘れられるだろう、と、『星を数えているうちに』という曲を書いた。

それから長い年月が経ち、今から6、7年前に加治工勇〈かじくいさむ〉さん、仲宗根豊〈なかそねゆたか〉さんという名唄者〈めいうたしゃ〉の歌を聴きに八重山諸島の鳩間島に渡った。一周を歩いて廻れるほど小さな島で、連続する美しい砂浜や、野放しの山羊や道の真ん中に居座る牛なんかの写真を撮っているうちにすっかり暗くなってしまい、足早に加治工さんが経営している民宿に戻ると、加治工さんご夫婦とお客さんの3人が文字通り川の字になって民宿の前の空き地で仰向けに寝そべっているではないか……!?

事件性さえ感じるその現場に駆け寄ると、加治工さんの奥様が「宮沢さんも寝てごらん」と言う。言われるままに仰向けになると身体中に電撃のようなものが走った。見たこともない数の星が空を埋め尽くし、その中央には群れ星でできた川、そう、天の川が滔々〈とうとう〉と流れていた。後で聞いた話だが、島のある住人は天の川をずっと雲だと思って生きてきたそうだ。それほど当たり前のように晴れた夜には天の川が流れているということなのだ。

旅人それぞれの嗜好、欲求を満たしてくれるのが沖縄の魅力であり、それだけのポテンシャルを今も島は持っている。だが、〝何もないことの素晴らしさ、贅沢さ〞に気づき、そこに身を置き、佇むことによって、自分の大きさや生まれてきた意味を少しだけ知る……。そんな旅もここではできるのだ。 

(ノジュール2022年6月号からの抜粋です。購入希望の方はこちらをご覧ください。)
ご注文はこちら